Adieu, mon frère.

これは悲しい物語ではない。

社会の片隅に生きるひとりの人間が、世界の片隅に生きたひとりの人間に救われた。そういう話だ。

昔々あるところに、男がいた。

男かどうか訊いたわけではないけれど、少なくとも表面的にはそうであったと思う。

朝から熱心にラーメンスープを炊いていたかと思えば、唐突に人生哲学を呟いたり、油に旨味をのせる研究を始めたり。そういう不思議な人物だった。

いや、正確に言えば、不思議に思うべき人物ではあったが、僕自身はそれほど不思議には思っていなかったかもしれない。

彼の言動は、例えそれが自分とは違う意見でも、或いは自分なら絶対にしない行動だったとしても、なぜかいつもストンと腑に落ちた。「ああ、そういう考え方はあってもいいな」と思わせてくれた。

そう思えた理由は僕の中でまだ明確になってはいないが、彼はいつでも彼らしく、自身の中にある何らかの筋を通していて、少なくとも目先の利害によって言動を曲げることを良しとしているようには見えなかった。

物事に“誠実であろうとする”こと。誠実さ。

簡単なようでいて手にすることの難しいそれは、不誠実としか形容し難い出来事の中で憂き身を窶していた僕が最もこだわり求めていたものであり、彼を表現するのに最も相応しい言葉だと僕は思う。

僕と彼の出会いは数年前。

彼はTwitterの料理界隈ではちょっと名の通った人物で、僕は放置していたアカウントに週末料理を載せ始めたくらいの駆け出しツイッタラーだった。

ある時、彼の作ったトマト香油というものが僕の目を惹いた。

要するに、スライスしたトマトをオリーブオイルに浸してじっくり加熱する。するとトマトの旨味が油と一体になってとんでもなく美味しいよ、と彼は言っていた。

僕が見つけたのは彼が呟いた2ヶ月くらい後だったが、それを使って次々繰り出されていく料理は、確かにとても美味しそうだった。

で、あまりにも美味しそうなので、僕も真似をすることにした。当時の僕はオーブン料理というものをあまりしていなかったので、料理の傍らオーブンを活用できるというのも面白い気がしたのだ。

恐らくこれが、“いいね”のやりとり以外で初めての、彼に対するコンタクトになった。

普段、“氏”なんて敬称は使わないのに、なぜ彼のことだけこう呼んだのか、理由はよくわからない。ただ、彼のことは単なる料理上手ではなく、生き様も含めた作家のようなものとして見ていたから、それが影響したのかもしれない。

ともかく僕の中ではこの呼び方がしっくりきて、以来ずっとそう呼んでいた。

ちなみにこのトマト香油という代物は本当に美味しくて、我が家の食卓を実に豊かにしてくれた。もはや常備調味料といっても過言ではない存在になっている。

人生の豊かさは食卓から、というのが僕の考え方だから、彼のおかげで僕の人生が豊かになったと言い切ってしまっても、それはある面において真実だと思う。

作り方は一行で書けるくらい簡単なのだけど、せっかくだから彼のブログから読んでください。

この料理的成功にすっかり気を良くした僕は、彼の真似事をしてラーメンスープなども炊くようになった。

この頃から彼は僕のツイートをちょこちょこリツイートしてくれるようになり、彼を介して周囲の人たちとも繋がりが深まっていった。

彼の生き方は破天荒にも見えたが、その行動は膨大な勉強量と哲学的思考に裏打ちされていて、本質を捉えるという点において基本的にブレることがなく、そこが好きだった。

仮に僕が「上品ぶった丁寧さ」を基本線としながら会話で少しずつ軽薄な本性を出している人間だとするなら、彼は「気さくなガラっぱち」が基軸で、下ネタにも躊躇がないわりに、個々の会話では品の良さと気遣いが見え隠れするタイプだった。

あくまでこちら側からの一方的な感想にすぎないけれど、なんとなく自分とは対照的で、かつ合計すればゼロになるようなバランスの良さを感じていた。

それで、ある日二人で飲みに行くことにした。というか自然とそういう流れになった。

彼の打った麺でラーメンを作ってみたいと何の気なしに呟いたら「個人的にやり取りするかどうかは一度飲んでから」と応えてくれたので、僕は喜んでその矜持に従うことにして、彼を飲みに誘ったのだ。

待ち合わせ場所に来てくれた彼は、金田一耕助とデスノートのLを足して2で割ったような出で立ちで、身体のあちこちに何か患ったような不穏な感じがあり、さらにそういった全てを強い意気で跳ね返して動かしているような凄みのある目をしていた。

おいおい、あのアイコンの気楽で可愛い顔はどこ行ったんだよ、と思ったのは内緒だ。

軽い挨拶の後、彼は「ちょっとトミショー行きたいんで」と言って富澤商店に僕を連れて行き、手慣れた様子で包装用品をいくつか購入すると、「そしたらじゃあとりあえず寿司行きますか」と地下街へと繰り出した。

そうして辿り着いた先は、通好みな雰囲気の立食い寿司。

彼は瓶ビールと本日のおすすめから何品かを頼み、僕はいつも通り小鰭から入った。青柳も一緒だったかな。「いいの行きますねえ」と彼がニヤリとしてくれたので、なんだか嬉しかった。

初対面の相手と立食い寿司に入るのは初めてだったが、確かに、その時の僕らにとってこれ以上に都合の良い場所はなかった。

好きなタイミングで好きな物を頼めばいいからお互いに気を遣わなくて済むし、どんな寿司をどんな順番で食べるか、箸で食べるのか手で摘むのか、そういうひとつひとつのことから好みや人となりがわかってくる。

例えば、彼はわりと早いタイミングでトロを頼み、流れるような手つきで写真を撮るとそのまま手で掴んでヒョイっと口に投げ入れた。その所作は如何にも飄々とした彼らしかったし、美味いものを食うのにセオリーなんぞ関係ないという感じも出ていた。

「僕も本当はトロやウニを食べたい。けど、まず青魚と貝類に目がなく、白身魚も外せないし、さらに何より海老が好きだから、どうやってもそこまでは辿り着きそうもない」と告白すると、彼はビールグラスを片手にケラケラと笑っていた。

二軒目は僕が誘った古い居酒屋で、ホッピーを飲みながらホヤの塩辛なんかを食べたりしつつ、いつもどうやって料理を考えているかとか、どんな本を読むかとか、そんな他愛のない話をした。

最初に見せていた鋭い眼光は次第に消え、ニコニコと目を細めてよく笑い、僕の愚にもつかない話をずいぶん面白がってくれた。

最後は彼の行きつけのラーメン店へ。

道すがら色んな話を聞き、彼の生きる世界の片鱗を感じながら夜の街を歩いた。

「最高じゃないすか」と彼は笑い、僕は頷いた。

大人になると、楽しいだけの食事をする機会というのは本当に少なくなる。

一人ならともかく、大人が複数人で集まれば、そこには明確な目的があったり、或いは誰かが言外の思惑を持っていたりして、純粋に美味しい時間を過ごすのは思いのほか難しい。

でもこの日の僕と彼には何の思惑もなかった。あったとすれば、僕は彼に多少は頭が良いと思われたかったとか、彼は彼で新米ツイッタラーの僕に先輩としてアドバイスしたそうだったとか、その程度のことだ。それは思惑と言うよりただの癖で、お互い手の内が分かった上での言葉遊びのようなものだった。

現実のそこかしこが苦しくなっていた当時の僕は、彼が見せてくれた屈託のない笑顔に、ずいぶん救われた気がした。

翌日。

彼は僕のことを名指しで「最高の人格だ」と評してくれていた。

もちろん嬉しかったし、彼は彼で他の人を褒める照れ隠しで僕の名前を挙げたつもりだったのかもしれないけれど、僕は「簡単にそんなことを言っちゃいけない」と言った。人格に言及するのは、体格に言及するのと同じことだから、公言すれば必ず誰かを傷つける。

当時の僕は、自分が人格的に決して立派とはいえないことをしていることを知っていたし、僕がそんな風に評されることで複雑な想いを抱く人がいることも知っていた。それによって彼の評判が落ちることを想像するのはとても嫌だった。

せっかく手放しに褒めてくれたのに、余計なことを言ってきっと嫌われただろうなと思っていたのだが、不思議とそれから一ヶ月後、彼は僕を別の飲み会に誘ってくれた。

その席で、どういうわけか僕は“兄貴”と呼ばれるようになり、なんとなく雰囲気が似ているという彼の知り合いの作家さんにちなんだアダ名まで拝命した。

どうやら僕は、彼の中に存在するどこかのカテゴリーの一員になれたようだった。

僕は僕で決して悩みが尽きたわけではなかったが、成すべきことを成すために何が足りなかったのかを理解するのに、彼の存在は大きかった。そのストレートな言動から、自分に残っていた最後のプライドをへし折ることが出来たし、本質的に持っていたサービス精神のようなものを思い出すことも出来た。

そうして僕は、なんとか次のステップへ歩みを進めることが出来たのだ。もっとも、そんなことを彼は知る由もなかっただろうけど。

それから2年、いろいろなことがあった。

僕も彼も口約束を守るのが上手じゃなかったし、そう親しく振舞っていたわけでもないけれど、手作りのジャムを送ったり、逆に送られてきた麺とスープでラーメンを作ったり、たまには飲みに誘ったり、そういう遠すぎず近すぎない繋がりは、ゆっくり静かに続くものだと思っていた。

もちろん、彼が体のことでつらい思いをしていることは彼自身の言葉から知っていたし、急に取り憑かれたような勢いで行動したり、長文を書きまくったり、果てはものすごい勢いで自分の記録を整理し始めた姿に、感じるものがあったのも事実だ。

でも僕は何も訊かなかった。彼が自分から伝えようと思うことの他は、何も訊く気がなかった。

たまに逢えばいつも通り。それだけで良かった。

8月中旬。

久しぶりに誘われて逢った彼は前よりずいぶん顔色が良くなっていて、つらい経験を乗り越えた甲斐がありそうで良かったとホッとしたものだ。

ただただ美味しいものを囲み、ただただ美味い酒を飲んで再会を祝った。

今度はうちに来て家族とも会ってくれと伝えると、彼は「まったく、しょうがねえな」という風に、またケラケラと笑っていた。次はあの街で集まろう、なんて約束もした。

報せを受けたのは、その数週間後だった。

僕より彼を慕う人はたくさんいるから、それをいち早く知らされる立場にいて、慌ててひっぱり出した服に着替え、頑張り続けてきたその体に花を手向けることができたのは、それだけでも恵まれたことだったのだと思う。

恩人であり、“弟”でもあり、人生の放浪仲間だった、親愛なる友人の骨を冷たい箸で拾った時、かつて失くしたはずの感情がどうしようもなく溢れてきて、それを、友情の証として彼に贈った。

それが全てだ。

彼は、亡くなる数日前まで、自らの生き様をがむしゃらに書き残し続けていた。

日々のツイートだけじゃない。おすすめのラーメン店から料理のレシピ、東京から自転車で大阪に行った話まで、狂った量のテキストが今も残っている。

つまり?

「後はおまえらでやってみな」

そういうことなんだろう。

だから、月を見上げて彼を想う代わりに、彼の書き残したものを改めていくつか紹介しておこうと思う。

トマト香油

  1. 耐熱皿に輪切りしたトマトを並べて、ひたひたのオリーブオイルを注ぐ。
  2. 180℃に予熱したオーブンに入れて40分。
  3. トマトをほぐして好みで皮と種を取り、殺菌済みの保存瓶へ。

これでベーコンを焼いたりペペロンチーノを作ったりすると、QOLが簡単に向上する。

謎油

本来の作り方は記事の通りだが、僕はトマト香油と同じやり方で作っている。

  1. 耐熱皿にほぐしたえのきと乾燥した昆布とトマトの輪切りを入れて、ひたひたのオリーブオイルを注ぐ。
  2. 180℃に予熱したオーブンに入れて40分。
  3. 殺菌済みの保存瓶へ。

えのきの香味と昆布とトマトの旨味は尋常でなく、これに出汁醤油を足して油そばを作ると異常に美味い。謎油そばと勝手に命名した。

鍋焼きナポリ

めちゃめちゃ美味しそうだったので、勝手に茄子料理に応用させてもらった。

  1. にんにくの香りを出したオリーブオイルでベーコンと茄子をじっくり焼く。
  2. グラタン皿に入れてチーズと玉子をのせ、トマト香油をひと回しして、オーブントースターかグリルで焦がす。

ベーコンとにんにくの旨味が全部茄子に染みこんで最高。名付けてナポリ茄子。

どれもこれも、彼が僕の人生にもたらしてくれたものだ。

彼の残したテキストは他にもたくさんある。ヘタに酒の肴として読み始めれば夜が明ける、それくらいの量だ。

東京のラーメン | アリタコージ | note
https://note.mu/omamagoto_arita/m/mfe4034896c4a

超気軽に東京から大阪まで自転車で行ってみたはなし | アリタコージ | note
https://note.mu/omamagoto_arita/m/m3c5071165642

クッキング・ハック | アリタコージ | note
https://note.mu/omamagoto_arita/m/m6e3175352371

ちょっと小腹がすいたんで。 | アリタコージ | note
https://note.mu/omamagoto_arita/m/m80ef565b20b7

なにか食べたくなって。
https://ameblo.jp/arita-omamagoto/

失いたくないものほど早くに去っていくことを、僕はもう、学んで然るべき歳になった。人生にとって意味のある、大事なものを失うのも、これが初めてというわけじゃない。

それでも、彼のことが惜しい。

僕の人生にはどうしても必要な存在であったし、生きていてくれれば、もっとあんなことを、こんなことを、という想いは今でも拭いきれていない。

本来、一般化できない言葉に本質はなく、好意であれ、批判であれ、こうして特定の個人について名指しで想いを綴る行為に意味など存在しない。

彼だってきっとそれを分かっていただろう。

それでもこんな風に恥ずかしい文章を垂れ流しているのは、お前さんが死んじまったからだよ、バカヤロー。

誰が好き好んで、年下の男を相手に、こんなラヴレターみたいなものを書くかってんだ。

畜生。

でもまあ、それでまたケラケラ笑ってくれるなら、ちょっとくらい恥をかいてもいい。

そう思わせてくれるくらいには、彼は僕を救ってくれたし、彼と過ごした時間は楽しかったし、僕は彼に何も出来なかった。

これから出来ることと言えば、そうだな、人生が破滅しない程度に酔って、彼の生き様を誰かに語ることくらいだろうか。

昔々あるところに、アリタコージという男がいた。

今はもういないが、いい男だったよ。