パズーパンという食べ物がある。
ある、といっても、僕が勝手にそう呼んでいるだけなのだが。
ジブリ映画「天空の城ラピュタ」の中で、身寄りのない機械工の少年が、空から降ってきた少女との逃亡生活中に振る舞った目玉焼きのせパン、といえば、見覚えのある方は多いのではないだろうか。
こんなの。目玉焼きの下面がパリッと焼けていると、思いのほか噛みきれなくて先に目玉焼きだけを食べてしまうという、あのシーンを再現できる。
この数年、週末の朝はだいたいこのパズーパンを作ることから始まっている。
朝起きて、最低限の身支度を調えたら、トースターでトーストを焼き、フライパンにいくらかの油をしいてコンロの火を付ける。冷蔵庫から卵を取り出し、フライパンに割り入れ、白身が固まってきたのを見計らって蓋をし、火を弱める。
それから2分程度の間に目玉焼きに添える“何か”を冷蔵庫あるいは食品庫から探し出し、焼けたトーストを皿にのせ、黄身の表面がうっすらと白くなった目玉焼きをトーストに重ね置いて、最後に、用意した“何か”を盛り付けて出来上がり。
食卓に運んで手早く写真を撮ったら、いざ朝食となる。
流行りの言葉で言うなら、これが休日のモーニングルーティンなのだが、実際の絵面は短パン姿のおじさんが寝癖だらけの頭でキッチンに立っているだけで、Youtubeで見かけるようなオシャレでセレブな朝習慣とは程遠い。
今回は、そんなパズーパンおじさんが、再びその魅力について語ってみようと思う。
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まずは基本に立ち返ろう。
パズーパンの基本は「トーストに目玉焼きをのせる」、ただそれだけである。
誰にでも作れる世界一簡単な朝食だが、実のところ奥が深い。
目玉焼きの焼き加減や、それに合わせて何を添えるかを考えていると、だんだん自分の料理の枠が拡がるような気がしてくるから不思議だ。
もし、どこかのインタビュアーに「あなたにとってパズーパンとは?」と問われたら、僕はきっと「そうだなぁ‥‥」と少し考えるそぶりを見せながら斜め上の虚空に目をやった後、ふっと目を伏せて何かを思いだしたように静かに微笑んでみたりもしつつ、それからインタビュアーをまっすぐに見つめ、出せる限り低い穏やかな声で「自由、ですかね」と答えるだろう。
そんな所作がパズーパンと何の関係があるのかと言われたらまったく関係はないが、本質はそこではない。
人生をかけて作り続けても、決して尽きることのないバリエーション。
そう、パズーパンは自由なのだ。
例えば、エレガントに過ごしたい休日の朝。蜂蜜を塗ったトーストに目玉焼きと刻んだドライマンゴーをのせ、パルミジャーノ・レッジャーノを上から削れば、ドレッシーな大人の一品に仕上がる。
或いは目玉焼きに醤油をたらす感覚で、塩昆布や焼き鯖といった和風のつまみを添え、庭を眺めながら縁側で食べてもいい。*1
ともすれば大陸に想いを馳せ、少し固めに焼いた目玉焼きにスパイスの効いた煮豚と花椒塩でオリエンタルを気取ることも出来る。*2
そもそも目玉焼きは世界中の人に愛されていて、国によってシンプルな塩胡椒から、醤油、オリーブオイル、ニョクマム、トマトソース、バーベキューソース、チリソースなど思い思いの味付けで食される。だからパズーパンもその懐は深い。
甘いものしょっぱいものなんでもござれ。焼き加減を変ればだいたいどんなものを添えても美味しく仕上げることは可能なので、バリエーションはいくらでも生まれるのだ。
それが、パズーパンの自由さに結びついている。
さて、そうなってくると、いろいろ冒険したくなってくるのが人の性(さが)。
例えば、セロリの浅漬けとしらす干しならどうだろう。最後に醤油をたらすかオリーブオイルをかけるかで、和にも洋にもなり得る不思議な味わいが生まれる。
例えば、油で炒めたミックスナッツに砕いたピスタチオと蜂蜜なら。我が家はたちどころにバーになる。傍らにウイスキーが欲しい。
流行りの皮ごと食べられる白ぶとうをオリーブオイルとハーブソルトとミントで和えてみれば、それはそこはかとなく清純で、照れくさい。
軽くマリネしたサーモンにディルを添えれば白ワインが欲しくなる。
百花蜜とレモン汁でマリネした桃とドライフルーツで乙女趣味を全開にすることも。
さあ、どんどんいこう。
映画に登場したスラッグ渓谷のモデルはイギリス・ウェールズ地方といわれているが、幼くして炭鉱で働いていた少年も、劇中では空賊の一味となって旅に出た。
大人になった彼はきっと世界を股にかける人物になったであろうし、パズーパンもまた世界の文化に触れ、進化したはずだ。
チーズフランスに大きな目玉焼きとハーブソルト。
バターでソテーした花びら茸とレーニアチェリー。
焼き林檎にシナモンシュガー。
シンプルなトマトと胡瓜のサラダ。
アメリカンチェリーとハーブソルトと蜂蜜。
新生姜の砂糖漬けと梅ジャム。
醤油マヨネーズで和えたしらすに大葉と茗荷。
すももに無花果ソース。
黒ぶどうとドライフレーズ。
かぼちゃのミルク煮とトリュフペースト。
トマトとしらす干しに出汁醤油。
油で炒めたドライパッションフルーツとレーズンにレモンマーマレード。
トーストにチーズを忍ばせて、焼いたベーコンとトマト香油。
ソテーした舞茸とパルミジャーノ・レッジャーノとライム。
焼いたミニトマトとベーコンレタス。
ドライチェリートマトとぶどう、アーモンドチーズ。
アップルシナモンジャムとオレンジピール。
カマンベールチーズとマンゴーサルサ。
べったら漬とオリーブと塩昆布。
牡蠣のオイル漬けと白ぶどう。
ハムとドライチェリートマトとドライクランベリー。
料理で残ったベビーリーフにトマトとオレンジピール。
苺ソースにフレッシュ苺。
生ハムにトリュフソルトとハーブソルト。
広島産レモンとモツァレラチーズ。
レモン風味のソーセージとバジルソース。
ドライマンゴーとドライ野菜とセロリーソルト。
アプリコット入りクリームチーズとミント。
苺とナッツとドライフルーツ。
崩れた目玉焼きにベーコンとパルミジャーノ・レッジャーノ。
パルミジャーノ・レッジャーノと白トリュフ塩。
クリームチーズとトリュフオイルにピスタチオとフランボワーズ。
牡蠣のオイル漬けとトマト香油。
ソテーしたナッツとさつま芋に蜂蜜。
前日炊いた魯肉飯をのせた魯肉パン。
冷凍マンゴーと冷凍桃。
バニラアイスと冷凍ブルーベリーにシナモンシュガー。
ドライチェリートマトとメランジェ・ド・フルーツ。
ブルゴーニュの蜂蜜とミント。
梅牛蒡。
オレンジとシェリーの香るキャロットラペ。
とまあこんな具合で、増えに増えたパズーパン・コレクションは既に100以上。
実は、バインミー風とかタコス風とか、思いついてもその場で材料がなくて作っていないバリエーションも大量にある。なんとなく、周到に準備をしてしまうとつまらない気がして、朝、パッとその場にあるもので作るのが癖になっているからだ。
我ながらよくやるよと呆れなくもないが、そうやって即興で作るパズーパンを絵に描いてくださる方もいたりして、それもまた嬉しく、楽しい。
kazhさん( @kazhomely)の召し上がった、白ぶどうとミントの爽やかグリーンのパズーパン。黄身のオレンジと相まって、白ぶどうとミントのグリーンが麗しい。 pic.twitter.com/uucVphOxwE
— むつ (@mztjp) 2020年8月3日
前回記事で「いつかパズーパンの写真展を開きたい」と言ったのも、だんだん夢ではなくなってきているのかもしれない。
たかがパズーパン、されどパズーパン。
なんでもバカみたいに続けていると、謎の世界観が生まれてくることもあるよね、というお話。
パズーパンの詳しい作り方については一昨年書いた記事があるので、よろしければそちらもどうぞ。
ではまた。