イカすパーティー、イカパーティー

どうも、僕です。

という書き出しを一度やってみたかった。

ブログというのは面白いもので、人によってスタンスというか作品性にずいぶん違いが出る。「どうも、」とラジオのような語りかけから入る人はブログというものをメディアとして、つまりある種の番組や連載のように捉えているのかもしれないし、前置きもなく出来事や心情をポツポツ綴っている人にとっては日記や詩集のようなものかもしない。或いは批評であったり評論であったり、趣味のアルバムやナレッジ共有ツールのように記録している人もいて、さて、自分の場合はなんだろうと考えた。

このブログは内容にも文体にも統一性がない。最初の記事に書いた通り、ここはそもそも特定のコンセプトを持たないことをコンセプトに始めた。

ただ、そうやって書き残してきたいくつかの駄文に共通しているのは、本題はいつもたいした話ではなく、こんなことがあったあんなことがあったと寄り道しながら私的な物語を長々と語っていることだろうか。僕は経験や思考を、その過程ごと残すのが好きらしい。それらは往々にしてナラティブであり、全てある種の紀行文と言えるのかもしれない。

これも、そんな旅の話。

10月のある日、僕はひとりで早朝の新幹線に乗っていた。

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向かうのは大阪、鳳のとある食堂。

こうして早起きして出かけることも、縁もゆかりもない土地へひとりで向かうことも、僕にとっては珍しい。

旅の目的はイカパーティー。

というと、なんだそれは、と思う人が大半かもしれない。職場のカレンダーにそのまま予定を入れておいたら、思いがけず部をまたいで「イカパーティーってなに?笑」といろんな人に訊ねられた。

僕はイカに特別な愛情を注ぐ人間ではないけれど、「タコパなら誰も訊かないくせに‥‥」と、なんとなくイカに肩入れする気持ちが湧かなかったわけでもなく、その度にイカは美味しくて美しい生き物だから好きな人もいるんですよ、と説明して回ったのだった。

博物系のイベントに足を運んでいると特定の事物を愛でる人はたくさんいるし、アリパーティーだろうとテングタケパーティーだろうと土偶パーティーだろうとたいして不思議には思わない。猫好きな人たちが猫カフェに集うように、イカ好きな人たちにも集う場所があるというものだ。

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東京から新大阪までは凡そ2時間半。

N700Aの登場により最高速度285km/hでの運行が可能になったとはいえ、感覚的にはまだ近いとは言い難い。移動は所要時間に関わらず『距離で疲れる』のだ、と誰かに言われたことがある。そういうものかもしれない。

残り行程は新大阪から鳳へ乗り換え含め約50分。大阪駅で少し時間が空いたので、カフェに入り生マンゴーとミントのソーダを飲みながら一息つくことにした。

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正直に言うと、今回の参加についてはいろいろ迷いもあった。ずいぶん前、お声がけいただいた時点では単に「楽しそう!」という気持ちだったのだけど、開催日が近づくにつれていろいろ見えてきたことがあり、他の生き物と同じようにイカにも美しさがあると思っている程度の自分がイカ好きの世界に紛れ込んでも良いのか、とか、その他もろもろ個人的な理由も絡んで参加表明の締め切り直前まで迷っていた。

それでも行ってみることに決めたのは、イカに魅入られた人々の中にあるイカの美しさの真相を知りたかったからだった。

2年前、ムツさんの絵を初めて目にした時、僕は寿司の持つ本当の色彩を知った。昨年、つのだゆきさんのガラス細工を見て、それまで気付かなかったアリの足先の造形の美しさに気がついた。同じように、イカ画家・宮内裕賀さんとお話しした時、その静かな熱量の中に、イカの持つ本質的な美しさと可能性の片鱗を垣間見た気がした。

色素胞が綺麗だとか構造的に優れているとかそういう話は僕でも理解できるが、夢中になっている人の目はもっと鋭く他の人には見えない領域を見ているものだと思う。その感性を借りて、未だ知らない美しさを知る。僕はそういうのが好きなのだ。

集合場所の鳳駅から徒歩10分程度のところにある『いか食堂』は、倉庫のような簡素な建物だった。

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活イカの卸直売所も兼ねているらしい。

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昼ご飯にはまだ早い時間だったけど、地元の方と思しきお客さんが何組かお店を訪ねてきていた。普段の人気が伺える。

中に入ると大きな生簀にたくさんのイカ。

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宮内さんの大きなイカ画が店内正面に掲げられていた。

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座席近くの壁にも。これほどの絵を描くのに、どれだけのイカ墨が必要なのだろう。今はいろんな協力者からイカ墨が届くとおっしゃっていた。

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店内のイカ画は他にもあるけど、興味を持ってくださった方はお店を訪れて自分で見つけて欲しい。たぶん、今現在は参加された方でも見ていない絵が飾られていると思う。

そんな『いか食堂』さんの所在地。お近くの方はぜひ。

今日はお店のご厚意でイカパーティー用の特別コースをご用意いただいているとのことで、こちらがその献立。どれも美味しそうで生唾がこみ上げた。

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店内の通常メニューはこんな感じ。こちらも食べてみたいものばかりだ。

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まずは思い思いの飲み物で乾杯。

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料理を待つ間、近くの方と自己紹介などしていたのだが、たまたま隣にいらした堀口さんはプロのフォトグラファーで、日本各地の海で海洋生物の写真を撮られている方だった。

「海中にライトを沈めておくと生き物が集まるので、そこを撮るだけですよ」と事も無げにおっしゃっていたけれど、動き回る生き物はそもそも焦点を合わせるだけでも難しい。ましてや真っ暗な夜の海では見える範囲も僅かなはずで、一瞬のチャンスをものにするためにはそれ相応の技術と忍耐を要することが想像できる。

夏に開いた写真展を記念して作られたというフォトブックにはそんな努力の結実した眩しいイカフォトがいっぱいだった。

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さて、イカづくし最初の品はイカの握り。『墨や』という姉妹店のメニューなのだそう。それぞれ醤油と墨塩が付いているので、好みで酸橘を搾っていただく。

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シャリにもイカ墨が使われていて、寿司全体でイカを味わえる贅沢な握り。和食のコースだと『〆のお食事』になりがちなところ、お酒が回る前に食べられてとても嬉しかった。

そして、厨房では今まさにイカが捌かれていた。

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刃を入れた瞬間に体色が赤くなっているのは攻撃色だったはず。極度の緊張や身の危険を感じると色素胞が広がり、パッと鮮やかな色になると何かで読んだ。こんな変化が見られるのも活イカならでは。

そして待望の、剣先イカの姿造り。紅葉と墨塩が添えられている。

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お味はもちろん、黄、赤、褐色の色素胞が蠢く様子を観察できる贅沢料理。動画でどうぞ。

イカ蓮根饅頭。旬の菊花が散らされた餡にお店の心意気を感じた。

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生のイカも良いが加熱された風味もまた好きだ。蓮根、枝豆との相性も抜群だった。

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イカ万願寺いくら和えと木の芽の添えられた沖漬け。お酒を飲んでいなければ、丼飯にのせて一気にかきこみたいところ。

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射込み(いこみ)揚げ。

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恥ずかしながら、食材をくり抜いて詰め物をする技法を射込みと呼ぶことは初めて知った。イカのような筒状のものは印籠とも言うらしい。

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ここでお店の方がやってきて「目玉、食べます?」と一言。

さっきの剣先の目玉だろうか。驚く僕に、宮内さんが冷静に「昨日も食べた」とおっしゃって、そうか、イカを愛するとはこういうことかと妙に納得した。

僕の好きなイギリスの数学者ハミルトンには、数字と同じくらい愛した女性を結ばれないまま何十年も想い続けた末、朽ち果てた彼女の生家を訪れ、その床にキスをしたというエピソードがある。そんなハミルトンが彼女の亡骸を前にしたら、きっとその目玉にだってキスをしただろう。うまく説明は出来ないけれど、なんとなくそんな想像が浮かんできて、宮内さんの穏やかな表情と重なった。

遠目に見たらナマコ酢か何かと間違えそうな剣先イカの目玉。食べたい人は自己責任で、とのことで、早速箸を伸ばした。

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僕があらゆる生物の中でイカを特別扱いすることがあるとしたら、唯一の理由が、この眼だ。まじまじ見るのは初めてだが、本当に脊椎動物の眼によく似ている。

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われわれヒトを含む脊椎動物とイカを含む無脊椎動物は、眼というものが完成する遥か前に種として分岐しているので、この相似はある種の偶然と必然がもたらした収斂進化の賜物ということになるのだろうけど、面白いのはイカの方が優れた構造を持っていること。

脊椎動物の網膜が眼の内側に視神経を持ち、外側に光を感じる視細胞があるという不合理な構造であるが故に総じて視力が悪く盲点があるのに対し、イカの眼はそれとそっくりでありながら網膜が裏返しになっていて、像の映る内側に視細胞があり視神経が外側に出ているため、感度が高く盲点もないと言われている。

これは人間が神に特別に愛され設計された生き物ではない、という意味でインテリジェント・デザイン論への反論に使われる有名な話なのだ。頭足類なら凡そ共通の眼を持っているはずだが、引き合いに出されるのはなぜか決まって『イカの眼』なので、進化論 vs 創造論みたいな話が出るたびに僕はイカを思い出す。*1

そんな謂れのある、その眼を食べるという体験に、内心とても興奮していた。賛同者を見つける自信がなかったのでじっと黙って食べたが、参加してよかったと心から思った。

そもそも生き物の目玉を生で食べる機会なんてなかなかない。ふにふにと弾力があり、噛みきるとプチッと弾けて薄い海水のような味がした。ほとんど液体のように感じたが硝子体だったんだろうか。食べた後には透明の水晶体が残った。

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後で知ったのだが、イカの水晶体は伸縮せず、前後に動かすことで焦点を合わせているのだとか。そのため固形で、綺麗に取り出せばそのまま小さな拡大レンズとして機能するらしい。惜しいことをした。

姿造りから姿を変えた剣先イカのゲソ焼きとゲソ天。これが家の近所なら迷わず「お燗!」と叫ぶところ。お酒のあてはゲソがいい。貧乏時代からずいぶんお世話になった。

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身が白くなったことで、各色の色素胞も判別しやすくて楽しい。

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と、そこへお店の方から活イカ搬入の知らせが入り、一旦箸を置いて外へ。アイドルの入り待ちみたいな状態になった。

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活魚運搬車で運ばれてきたのは紛れもなく生きたアオリイカ。水しぶきというかイカしぶきにキャーと歓声が上がる。

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こうなるともう実際アイドルグループが来たような気がしてきて、どうしても撮らねばという使命感が湧いた。

SP(店員さん)たちに囲まれ、素早く楽屋(生け簀)入りするメンバーに食らいつきながら一枚。

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楽屋でくつろぐアオリイカ様のようす。

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そうこうするうちに揚がっていた漆黒のクリームコロッケ。もちろん中はイカ墨。揚げたて熱々でコクがあって美味い。

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お店の中央にまな板が用意された。パーティー後半のハイライト、イカの解剖。

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参加者の中にイカを名に持つ方がいらして、その方が代表してお造りに挑戦。

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感動的に美しいブルーのアイシャドウとラメ入りのマスカラは往年の銀幕女優のよう。

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途中、宮内さんが「これが心臓、これが胃」と内臓を一つひとつ切り分けながら解説してくださった。

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鉱石のような輝きの墨袋。昆虫のキチン質も金属光沢を持っているが、これはどういう構造なのだろう。

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皮目も美しい。細かいヒョウ柄のようだ。

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イカとヒトのランデブー。

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お店の方の指導も受けながら、見事なアオリイカのお造りが完成した。

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デザートはイカ墨アイス。

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真っ黒にも見えるけど、お皿の塗り色と比べると仄かに暖色寄り。

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まあアイスなのでクリームの影響なんかもあるのだろうけど、ラテン語でコウイカのことをセピアという。つまりセピア色とは本来イカ墨の色のことを指す。おそらく元から少し温かみのある黒なのだろう。

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そんなこんなでお腹も知識欲もいっぱいになり、記念撮影をして一次会はお開きに。

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鳳駅から電車に乗って大阪港へ移動する。

大きな観覧車がそびえる天保山ハーバーヴィレッジ。公私ともに大阪には何度も来ているが、ここを訪れたのは初めて。

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二次会は海遊館。日が傾く中、大きなジンベイザメのモニュメントが出迎えてくれた。

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しかしそこはイカパーティー、皆、ジンベイザメの柄からイカを探していた。どこにいるかわかりますか?

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関西最大級の水族館だけあって迫力ある展示が続く。

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でも、今日の目的地はここ。

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水中のアオリイカは透明に近い白。光を反射して本当に優雅だ。

海遊館は中央の大きな水槽の周囲を螺旋状に下っていく構造になっていて、1周するたび同じ生き物を違う角度から見られる。つまり、何度もイカを見られる。

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剣先イカの輝きは虹色素胞という小さな鏡のような組織が青い光を反射して起こる、という話を読んだことがある。アオリイカも同じ組織を持っているんだろうか。

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イカと一緒にイカポーズで記念撮影。

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その後もゆっくりと館内をめぐる。

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当然ミュージアムショップでもいろいろと引っかかり、あれこれお土産を買って出口に辿り着いた頃にはすっかり夜になっていた。

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道を同じくした方々と一緒に新大阪駅に戻り、お土産や夕飯を買って、21時半ごろの新幹線でようやく帰路についた。車内では食べて喋って寝てしまったので東京までの2時間半はあっという間だったが、自宅に着く頃には日が変わっていた。

話をなんでもイカに結びつけ、イカを見つけてはきゃーきゃーと騒いだ一日。

僕自身がこの感覚を日常に持ち帰ることはないだろうけど、そうしようとする人たちがいることを肌で感じて、僕の中でイカはまた少し特別な生き物になった。

──その翌週。

偶然読んだ絵本で、イカが恐竜に大量に食べられていたことを知った。イカの美味しさは太古の昔から変わらないようだ。*2

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こうして旅は続く。

生きることは常に道半ば、だから変化していく自分を記録に残す。それが僕のたったひとつの冴えたやりかた。

ハン・ルー・ハン、誰かきこえる?

たったひとつの冴えたやりかた (ハヤカワ文庫SF)

たったひとつの冴えたやりかた (ハヤカワ文庫SF)

 

*1:もちろん、脊椎動物の眼だってこうなったのには理由があるのだろうと思う。例えば、陸上の強い紫外線から視細胞を守るには視力を犠牲にしてでも裏側にある方が有利という話もあるし、邪魔なはずの視神経の一部が集光器として機能している可能性も示唆されている。

*2:恐竜たんけん図鑑(松岡達英/岩崎書店)より。後で調べたら、中生代にはベレムナイトというイカの祖先がいて、本当に食べられまくっていたらしい。一匹の魚竜の化石から1500匹分ものベレムナイトの欠片が見つかったこともあるそうだ。イカパーティーは中生代から開催されていたのだ。