このひと月はとにかく出歩いた日々だった。
前回ゲソタルトの研究開発と制作、報告記事をまとめたところでしばらく創作欲を使い果たし、代わりにたくさん動き回っていた。
その間にいよいよ涼しくなって秋本番。気がつけば暦の上では立冬も近いので、あれからの出来事をここにまとめようと思う。
2018年9月23日
ゲソタルト記事を公開した数日後、息子を連れて上野恩賜公園を訪れた。国立科学博物館でかねてより開催されていた特別展『昆虫』を見るためだ。
昆虫展にはカマキリ先生でお馴染みの俳優・香川照之氏が協力していて、ポスターにも虫捕り網と籠を抱えて写っている。息子はカマキリ先生のおかげで昆虫に興味を持ったので、あまり遠出を好まない彼と出掛ける練習にちょうど良いと思ったのだ。
文化会館の前ではいつも誰かが演奏している。この日はフルート四重奏だった
この顔を見るだけで昆活しようかな!と思わされてしまう
ゆっくり家を出たので、会場に付いたのは10時過ぎ。入口の手前に『90分待ち』の看板が出ていた。
色々嫌な予感が過ったけれど、子供は起きてもいない事を先回りして警告しても想像できないので、よし行こうと何食わぬ顔で列に並んだ。疲れるにしろ飽きるにしろ本人がぐずり出してから考えれば良い。
実際、15分ほど並んで整理券を受け取った後は指定の時間まで常設展を見ていれば良いという事で、『90分待ち』の文言から想像されるような事態は何も起こらなかった。
常設展では一番興味を持ちそうな恐竜の骨格展示を選んで見に行った。
息子は案の定、目をキラキラさせながら小走りに見て回っていた。そして嬉しそうな顔で振り返り、僕に言う。
「恐竜、死んじゃったから骨になったんだね!」
えっ‥‥そこ?
実は7月にお世話になった親族が大往生で他界し、息子は初めて葬儀というものに参列した。読経や出棺を目の当たりにし、火葬場にも一緒に行った。そして、初めて見た人骨に彼は目を丸くしていた。
どうやら死んだ人を箱にしまって、お花をたくさん入れて蓋を閉めたら骨に変わった!というのが彼の理解で、そんな事が起こるなんて、と驚きを隠せなかったようだ(後日、僕に『死+花=骨』という図式を何度も説明してくれた)。その上、残った骨を見て大人が口々に「立派な骨だ」と感心していたものだから、怖いというより、なんだか素敵な事が起こったように思えたらしかった。骨揚げにも恐がらずきちんと参加して、「りっぱだね!」と声をかけていた。
要するに彼にとって、骨という存在は最近知った『死』の先にあるものであり、大きな骨とはつまり『立派な事』であるわけだ。巨大な生き物の骨格展示を前にして「キリンさんも死んじゃったんだね!ほら、クジラさんも死んじゃった!」と満面の笑みで叫んで回る息子に内心困らなかったわけではないが、嬉しそうなのでそのままにしておいた。
確かに、みんな死んじゃったのである。合掌
そんなこんなで3部屋ほど見て回り、外に行きたくなったと言うので自販機でジュースを買って休憩していると整理券の時刻になった。
入場待ちの列で大きな香川さんのポスターを見た彼は本来の目的を思い出したらしく、かなりテンションが上がってデレデレしていた。
入場してすぐのコーナーには大きな昆虫のオブジェが並んでいた。細部を観察する為に巨大な贋物を作っているのだということは、もちろん息子にはわからない。自分の知る小さい虫と同じ形のとても大きい虫もいると理解して、少し緊張したようだった。
ミンミンゼミの美しさに気がついたのは最近のこと
逆に最初にそれを見たものだから小さな虫はたいしたことがないと思ったのか、その後たくさん展示されている貴重な標本にはあまり興味を示さなかった。
それよりなにより、こんな人混みの中に入る事が生まれて初めてなので「せまいよ!せまいよ!カマキリ先生のとこ行こう!」とひたすら言っていた。
もうちょっとじっくり見たかったけど仕方ない
僕としては『カマキリ先生のとこ』はここだと説明していたのだけど、途中、ポスターを指さして「ここ!ここ!」と言う息子を見て、彼の言うそれは別の意味だとようやく気がついた。彼はポスターに描かれた田舎の草原がどこかにあると思っていて、そこには戯けた姿のカマキリ先生が立っているはずで、こんな人混みじゃなくて早くそこに行こうと言っていたのだ。確かに、僕はポスターを何度も見せて『この』カマキリ先生の特別展に行こうよと説明していたのだから当然だ。幼児の理解はいつでもシンプルで正しい。
ちょっと困ってしまったけど、その後ちょうどそんな感じの風景が壁に描かれた部屋があったので「ここなんじゃないかな」と言うと、一応納得したようだった。大人はズルいよね、ごめんよ。
一方の僕はゾウムシが好きなので、たくさんの標本に興奮していた。
一番テンションが上がったのはカタゾウムシの標本と、いろいろな昆虫の特徴的な匂いを嗅げるコーナー。画像や音声は遠隔でもある程度体験できる時代だけれど、匂いだけはバーチャルに体感する方法がないからこういう展示は嬉しい。
車に轢かれても平気だというカタゾウムシ
エゾスジグロシロチョウの性フェロモンはとても爽やかな香りだった
本来、僕は一度博物館に入ったら何時間あっても足らない。ひとつひとつに入り込んで思いを馳せてしまうからだ。でも、飽きっぽい子供との付き合いのせいか、最近はさらりと楽しむ事も覚えてきた。人間関係しかり。
1時間半くらい見て回り、そろそろおなかもすいてきた。ちょうど昼時になったせいでレストランが混雑して入れそうもなかったので、文化会館の近くのちょっと裏手にあるグリーンサロンに向かう事にした。
国立科学博物館名物、実物大シロナガスクジラ像
普段はわりと穴場なのに、この日は長蛇の列。同じ子連れのお母さん達の強引な割り込みと席取りに辟易しつつ、注文するだけで30分くらい並んでわりと心が折れそうになった。遠くの席に残した息子が心配で時折目をやると、向こうの方が僕を励ますべくいろいろジェスチャーをしてくれていた。
息子希望の山盛りポテトは本当に山盛り。
写真では伝わりづらいけど、1つがとても大きい
お腹もいっぱいになって「おうち帰りたい」となるかと思いきや、この日はなんだか楽しげで「まだ帰んないよー」と言うので、その意思に任せる事にした。
桜並木を歩いていたところで小さな鳥居を発見し、おもむろに花園稲荷をお参り。弁天堂の縁日で初めて一人でかき氷を食べたり、不忍池沿いの遊具スペースで出会った5歳くらいのインド人の女の子と束の間のデートを楽しんだりして、陽が傾き始めるまで遊んでいた。
帰り道ではさすがに疲れたのか「タクシーがいいと思う」などと言い出したのだけど、我が家は観光地からタクシーで直帰するようなお大尽ではないと諭し、頑張って電車で帰った。
これほど長時間、家から遠く離れて二人で遊んだのは初めてだったが、3歳はもう半分大人だと信じて疑わない彼はぐずったりもせず可能な限り行儀良くしてくれていたし、トイレも食事もきちんと出来たので自信もついたのだった。
お土産は本当の虫かごに入ったおかき。すぐに使う予定だったのだが‥‥
2018年9月24日
この日は会社の人たちとの料理会があり、銀座を経由して神宮前のレンタルキッチンへ向かうことになっていた。ところが途中でいろいろと予定が変わって時間に少し余裕が出来たので、代官山のギャラリーで開催されていた虫作家さんたちの共催イベントを覗いていくことにした。
代官山を歩くのも久しぶり
ショーウィンドウを外から覗くと、昨年の博物ふぇすでファンになったガラス作家つのだゆきさんの蜜蟻が見えた。
中はこじんまりしたおしゃれな空間に、あまへそさんの革細工、まいこふさんの切り絵などがこれまたおしゃれに並べられていた。
運良くゆきさんご本人がいらしたので作品集を買っていこうとおずおず差し出すと「サインしていいですか?」と向こうから言ってくださった。「いいんですか!?」と喜ぶ僕に「サインしたい勢なので!」とゆきさん。
僕は『サインしてくれと言い出せない勢』なのでとても嬉しくて、近くの珈琲店でアールグレイのシフォンケーキを食べながらムフフと眺めた。
その後は予定通り料理会へ。
表参道の歩道橋を渡る
料理会といっても会社の福利厚生企画の一つで、会場費や食費は基本的に会社持ち。しかも料理好きな先輩ご夫婦がひたすら料理と酒を出してくれるので、僕はキッチンに入るわけでもなくただそれを堪能していれば良いという幸せな話だった。
人の作った料理は本当に美味しい。全12、3品くらいはあったろうか。
後半には肉料理や手作りソーセージ、手打ちパスタも飛び出して大満足。3日前から仕込んでくださっていたそうだ。
豚の白ワイン蒸しと、その場で詰めた手作りソーセージ
パスタマシンから伸びる麺帯。カルボナーラにしていただいた
この日はたまたま中秋の名月で、ワイン片手にテラスから眺めて贅沢な時間を味わった。
2018年9月29日
お馴染みNickさんの料理会。
こちらでも調理担当ではなく、今回はただの参加者として参加した。なんと参加者の中にプロのシェフがいらして料理を振舞ってくださったので、むしろ出る幕がなくて良かったと思った。
筋に医療用ステンレスを入れて熱を入れるのがNickさん流
プロのパテ・ド・カンパーニュやポットラックの品々
ずっと食べたかった水蛸のミキュイ。吸盤も美味い
料理に合わせて用意されたクラフトビール
幸せという他ない肉料理
本当は翌日、親子で野草観察会に誘っていただいていて、そのため早めに切り上げるはずだったのだけど、台風の影響で早々に中止の連絡があり、最後まで料理とお酒を堪能する事ができた。
ポットラックの品として持って行ったのは、アプリコット入りのチーズとシャインマスカット。思いつきで簡単なサラダを作った。
「kazhさんの作るものは感性が合うかも」そう思いがけず言ってくださった方がいて、それがとても嬉しかった。
その方が作ったスミレのリキュールのゼリーは、華やかでしっとりした良い香り。あまりにも気に入ったので、一つお土産にいただいて帰ったほどだった。
2018年9月30日
日中は心配したほどの風雨はなく、晴れていた。
息子にとって、昆虫展で自然へのモチベーションが高まる→翌週に虫かごを持ってカマキリ先生の世界に出る、というのは良い流れだと思っていたので余計に残念だったけれど、自然を相手にリスクは侵さない事がもちろん正しい。
増水したり天気が急変する可能性も考えて、近所の荒川に連れて行く事もせず、いただいたゼリーや焼きメレンゲを食べて家でのんびり過ごした。
2018年10月7日
10月に入ってまた一つ歳を重ね、今度は家族揃って日本科学未来館の『デザインあ展』へ行くことにした。なんと、ある方が招待券を送ってくださったのだ。以前から同名番組のファンで、開催当初から行きたくて仕方がなかった僕は大喜びだった。
ただ、想定外だったのはその人気。
この日は道中なんやかやと時間がかかり、息子が「お腹がすいた」というので着く前に昼食も食べることにもなってしまい、会場に到着した昼過ぎには整理券をもらうための列が館の遥か外まで伸びていた。しかもアナウンスによれば今配布されている整理券の入場時刻が既に17:00だという。『デザインあ』恐るべし‥‥。
でも、見る人を選ぶと思っていたこの番組が、これほどたくさんの人に愛されていると知った事は少し嬉しかった。
それにしても整理券を獲得する為にこれから1時間以上も列に並んだ上、夜まで待つのは幼児にはさすがに無理だろう。この日はいただいた招待券は使わず、常設展を見て行くことにした。
もともと僕は予定が変わる事が苦手な性格なのだけど、ここ数年、こういう事態での臨機応変さが本当に身についた。息子にしてみれば見るもの全てが初めてなので、出来る事を探せば経験値にそれほど変わりはないのだ。幼い頃、父と二人で箱根彫刻の森美術館を目指して出かけた時、登山鉄道のあまりの混雑ぶりに「美味い団子を食べよう」「ロマンスカーの先頭に乗ってみたくないか」とすぐにプランBを提示してくれた事を思い出す。父も本来は予定が変わると不機嫌な人だった。我が子という存在は、そういう人間をも変えるのかもしれない。
さて、科学未来館といえばジオコスモス。
巨大な地球儀に実際のいろいろな観測データが投影されている。息子も「ちきゅうだね!」と喜んでいた。地球の説明なんてしたことあったっけ。最近は教えていないこともいつの間にか覚えているのでこちらが驚く。
ちょうどそのタイミングで、すぐそばのASIMOブースからもうすぐデモンストレーションが始まるよ、というアナウンスがあり、一番前のゾーンに陣取って待つことにした。それから15分ほど待って、ASIMO登場。
軽く走ったり、片足跳びをしたり、ボールを蹴ったりする10分ほどのデモンストレーションなのだけど、息子はすっかり虜になったようで、見終わってからも大興奮だった。特にボールを蹴るのが良かったらしい。
あまりにも気に入ったというので、1時間ほど他の展示を見て回った後、もう一度会いに行ったのだった。
二酸化炭素の放出で熱が蓄積し、災害が起こることをわかりやすく視覚化した展示。科学未来館は難しいテーマをわかりやすく展示するのが上手い
2018年10月13日
さあ、今度こそリベンジだ。妻が外出の日なので早起きして二人で出かけた。
開場時刻より1時間ほど前に到着してこの行列。
でも早起きの甲斐あって、開場と同時に入れる整理券を受け取れた。外でジュースを飲んだりしながら、開場時刻を待つ。
念願の『デザインあ展』は想像通りハイセンスで、子供も大人も頭を使ってわくわくする展示ばかり。
技術や論理的思考は教えられても僕には『センス』というものがないので、その視点の全てが新鮮で、いちいち感心してしまう。
元の番組に「紋」という家紋の描き方を解説するコーナーがあるのだけど、これを実際に描ける体験コーナーと巨大スクリーンで映像として楽しめるゾーンもあり、個人的にはこれがとても嬉しかった。
紋をテーマにした『森羅万象』という曲と映像はYoutubeでも見ることが出来るので、ぜひ見てみて欲しい。かっこいいんだよ、これ。
この映像コーナーは座って鑑賞するので子供たちの休憩場所にもなって、そういう意味でもよく考えられているなと感心した。
体験展示は何しろ人気で並んでいるのであまり出来なかったけれど、お昼過ぎまで回って、館内のカフェでのんびりランチを食べた。
帰りにまたASIMOに会いたいと言うので、再度常設展を訪れる。
秘密の研究をする科学者たち、ではなく、科学コミュニケーターの研修中
自分そっくりのロボットを作ったことで有名な石黒浩氏のオトナロイド(左)とオルタ(右)。今回はタイミング良くデモンストレーションを見られた。
「人間らしさって何ですか?」というオトナロイドの問いかけはわりと深かった。自分はとても人間らしいと言われるけれど、本当は無骨なオルタの方がAIを搭載し、来場者を観察しながら動いていると彼女は言う。──人間らしさって、何ですか?
そして3度目のASIMO。今回も手を振ってご機嫌な息子。でも、途中でぱったりと寝てしまった。
抱きかかえて館を出たけれど、さすがに疲れたようだ。
寝たり起きたりを繰り返す息子を抱っこして帰路につく。すこぶる重い。抱えながら駅の階段を上っていると脊椎から何か出てきてしまいそうな負荷を感じた。これはマズいなと思った時、遠くにダイバーシティのガンダムが見えた。
ぼんやりしている息子に「遠くに大きなロボットがあるけど、見に行くか?」と訊くと、再びスイッチが入った。最近、彼はシンカリオンというロボットアニメを毎週欠かさず観ていて、巨大ロボが好きなのだ。一目見てあれこそが自分の乗ってるロボットだと言い切った彼は、おもむろに僕の腕から降りて足早に歩き出した。
ダイバーシティ東京プラザ、ユニコーンガンダム立像。前に見た時は日没後のデストロイモードだったのだけど、真っ白なユニコーンモードの機体もなかなかかっこいい。
テンションMAXの息子は、あの足下からどうやって乗り込むのかとか、シンカリオンとどうやって合体するのかとか、妄想を事細かに説明してくれた。わかるよ、合体はロマンだよな。
ユニコーンガンダムが全高19.7m、シンカリオンH5はやぶさは26.5mだからこれより7mも大きいのか。あまり真面目に考えたことがなかったけど、そんなものに小学生が一人で乗り込むとなると劇中で大人たちが心配するのも腑に落ちる。
ひとしきり妄想ごっこを堪能した後、ダイバーシティのファンシーなおもちゃ屋さんでトミカのミニカーを買ったりして、駅へ向かう。
途中、息子が見つけた桃のお店(バーミヤン)に入りたいというので、休憩と夕食を兼ねていろいろ食べて帰った。
帰りの電車の中も、隣に同年代の女の子がいたおかげかとてもおとなしく、手を焼く事は一度もなかった。朝早くから家を出て、およそ10時間の冒険だった。
彼がどうしてもと欲しがった『あ』。
要らないと思ったけれど、こうして机に置いてみるとなかなか乙なものだ。
「最近なんだか一緒に出かけるのが楽しいよ」と言ったら、「ありがと」とはにかんでいた。僕の人生も、そんなには間違ってなかったのかもしれない。その顔を見ていたら、ふとそんな気がした。