世界にはより良い姿がある、僕は自分のためにそう信じた

生まれ育った家庭の喪失。

人によっては一生経験しないことかもしれないし、逆にそう呼ぶような家なんて元からないという人もいるかもしれないけれど、僕の場合、それはちょうど思春期を迎えた頃に起こった。
遊ぶ事を覚えた母の行動によって、ずっとそこにあると思っていた僕の家族はわかりやすく崩壊し、その意味を考えるよりも早く消えてなくなった。

父の再婚によって出来た継母はヒステリックな人で、愛する父の子であり憎らしい前妻の子でもある僕に対し、これまたわかりやすく愛情と憎悪を注ぎ込んでくれた。
例えば僕が母と写っている写真の1枚でも持っていようものなら、まだあの女の物を持っている、私に対する当てつけだなどと何時間にも渡って父を詰る。そして僕には、どんな人でもあなたのお母さんなのだから嫌いになる必要はないと言う。あなたを愛していると笑顔をむける。
人前では知的で上品な美しい女性だったけど、閉じた世界の中ではひたすらに感情的だった。

当時の僕は道理の通らない相手を前にどうして良いかわからず、ただただ笑顔を返し続けていた。
悪い人ではない、と思ったからだ。
それに、義母だというだけで酷い扱いを受けた話を何度も聞いたことがあったから、自分はそれをする人間になりたくなかった。
彼女は弱い立場にいる、自分を愛してくれる人なら多少のおかしなところは見なければいい、自分も彼女を好きになりたい、と、頭の中で念仏のように唱える日々を送っていた。

自分自身に対する嘘には、心を壊す作用がある。

静かに、そして急速に、自分の何が本当なのか、分からなくなっていった。
何が好きで何が嫌いだったのかも、分からなくなった。
頭の中は矛盾でいっぱいで、何も考えることが出来ず、ついには食事や睡眠のように当たり前にやってきたことまで何らかの方法論無しには出来なくなった。

そうやって自我がぼんやりと虚ろになった頃、ある小さな事件が起きた。
遠くで聞こえた義母の悲鳴と、父の怒りに満ちた足音。キッチンのゴミ箱に義母の作ったカレーが捨てられていて、その上に食べ終えたレトルトカレーの袋が置かれていたという。
それは、僕がやったことだった。カレー食べておいて、と言われたものの、食欲がなかったので悪くなる前にと捨て、後でやっぱり食べたくなって、レトルトカレーがあった事を思い出し温めて食べたのだ。どうしてそんな事をしたのか、どうしてそこに何も感じなかったのかは、自分でもわからない。

怒鳴られ、説教され、ようやく薄っすらと自我を取り戻した僕は、自分こそがこの家庭の癌だったんだということに気がついた
狂っているのは自分で、自分さえいなければ、皆うまくいったんだ、と。

そして、生きる意味を失った。

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不思議なことに、この間も学校には行っていて、そこにはそれなりに絵に描いたような青春の日々があった。
友人の家で好きなゲームを楽しみ、マクドナルドで閉店まで話し込み、時にはクラスの女子と遊んだり、それに義母の連れ子である妹にもなつかれていた。
義母は華やかな人だったから、記念日には家族揃って近所の有名なレストランに行ったし、義母の希望で僕と妹の小遣いも倍増し、カットだけで8,000円もする下北沢のカリスマ美容師を紹介してもらったりもした。
品良く見せる服の選び方、ワインやチーズに合う食べ物、お洒落な街の歩き方、僕の知らない世界をいろいろ教えてもらった。
決して塞ぎ込んで暮らしていたわけではなかった。楽しく、仲良くやっていたつもりだった。

けれど、日々をどれほど謳歌しようと、心の蝕まれた部分は治らなかった。
義母の笑顔の向こうにある本心に、日々、少しずつ大事なものを削られ続けていた。
そういう意味で、気持ちと心は、全く別物なのだ。

大切な友人に言ったことがある。
どれほど楽しくても、嬉しくても、心に残ったものだけを信じなさい、と。
一緒に楽しいことをしているはずなのに「心が晴ればれとしない」時は、その釈然としない何か、そこにこそ関係の本質がある。
義母の場合、彼女はどうにかして僕が家族を、実の母を捨て、自分の方だけを見ることを望んでいた。父と僕が最終的に自分だけのものになること、それが彼女の全ての言行の根底にあった。
当時はわからなかったけれど、頭で見ないようにしていることは、心がそれを感じ取る。

義母の愛情を受け入れたいと頭で願う一方で、自分の全てを奪おうとする獣のような思惑を怖れる心が僕の中に強烈な対立を生んでいて、自分の意思が整合しなくなり、癒しても癒しても消耗する状態が続いていた。
それに耐えながら日々をなんとか無事にやり過ごそうとすること、それが決して当たり前の状況でないこと、その状況こそが自分を壊している可能性には、なかなか気が付けなかった。
手がかりになるのは、義母の言葉や行動に感じる、ほんの些細な違和感だけ。
それを感じる自分を信じることが、どれほど大切か、この時にはわからなかった。

目の前の状況を受け入れ、こなしていくことに必死だったのだ。
どうにかして自分が適応していく他に道はないような気がしていた。

それが絶たれた時、何もかもが終わりのように思えた。

その時、目の前にあったのは、生きるか死ぬかというシンプルな選択肢だった。
選択肢といっても、そもそもこういうものは死ぬ理由が出来た時に提示される。だから答えは最初から一つしかないようなものだった。選択の名を借りた、願望だったのだと思う。

消失願望は特段めずらしいものでもない。
別に恐くはなかった。
必要とされない人間には、存在する価値などない。
自分を失った人間に、生きる意味などない。
そう思っていたからだ。
こういう経験をしたことのある誰もと恐らく同じように、この世から消えて無くなる方法を自分なりに真剣に模索した。
いくつか試したこともある。

でも、僕は生まれつき天邪鬼な理屈屋で、人に好かれない代わりに、人にはないしぶとさも持ち合わせていた。
だから、あらゆる状況が一方向を指し示しているこんな時こそ、なんとかして反証を見つけたいという想いにも駆られていた。

そして、ひたすらに考えた。
自分を失ってこそ生きる方法論は無いのだろうか。
生きる価値を見出せない人間にしか出来ないことは、何か無いのだろうか。

ある時ふと、こんなことを思いついた。

そうだ、どうせ自分を無くしたのなら、これから起きることの全てを吟味して、より良いと思う方だけを自分のものにしてしまえばいい。
せっかく白紙になったのだから、もっといい絵を描けばいい。
なりたかった自分に、人に望まれる自分に、今こそなればいい。

もちろん、そんな都合のいいことが出来れば誰も苦労はしない。
でも、試してみてダメだったという話も聞いたことがなかったから、やってみる価値はあるのかもしれないと思い直した。
生まれた後で天才にはなることは出来なくとも、努力による秀才はたくさんいる。理想的な自分に、存在するに相応しい自分にこれからなることも、不可能ではないのかもしれない。
それが最初の希望になった。

そして、こうも思った。

でもこんなことはもう二度と嫌だ。
誰に対しても起きて欲しくない。見たくもない。
ならば、身の回りでこんな想いをするのは今の自分が最後だと信じよう。
もし、そう出来るのなら、それがこの経験に基づくものなら、こんな自分にも存在する意味はある。

それは若々しく馬鹿馬鹿しい結論だったかもしれない。
しかし、生きる力にはなった。

実現するためにはまず、人の全てを知ることが必要だと思った。
どれほど予測不能で理不尽なヒステリーだろうと、本人にはそうする理由がある。
その本質を理解できれば、きっと対応することが出来る。
望まれる自分の姿もわかる。
同じように苦しむ人がいれば、気付くことが出来る。
どんな理不尽も、いつか理不尽でなくなる。
それが自分の望む世界。
それならば、自分の世界を変えるために、自分が変わるのだ、と。

どんな状況でも目をそらさず、人のあらゆる姿を見て、その全てを理解する。そう決心した僕は、何かにとりつかれたようにあらゆる材料をかき集めて自分の中に他人を構成していった。

誰がどんな状況で何を話したか、或いは話さなかったか。
なぜ、そんなことを言ったのか、なぜ、そう言いたいと思ったのか。
それを考え、人を見つめ続けた。
仕草、表情、目線、言葉遣い、姿勢、声色、歩き方、その日々の些細な違い。知り得る限りの全てをそのまま自分の中にしまいこみ、蓄積していった。

1つ1つは小さな事実であっても、積みかさねていくと次第にその断片は繋がり、心の形を成して動き出す。
言語野の外にあるそれを言語化し、整理すると、多くのことは整合し、理解可能になる。

もしどこかが整合せず理解不能なら、それは事実かロジックか、どちらかが足りないから。そう考えて、もう一度目を凝らし、考えを巡らし、見落としたものを丁寧に拾い集める。
それをひたすら繰り返した。

いつしか、それらは日常の思考の裏でほぼ無意識の内に行われるようになり、僕にとって人の心は、ようやく目に見える、形あるものになった。
同時に、こと人間性に限れば、人の裏の顔や隠し事はほとんど意味を成さなくなった。
どんな嘘もごまかしも、或いは自分が記憶を都合良く改竄しようとしている時でさえも、他の全ての記憶が、そこにある矛盾を指摘してくれる。
自分に嘘を付けなくなった代わりに、誰にも心を壊されることはなくなった。
友人が苦しんでいるように見える時も、それが勘違いでないことは、積みかさねた記憶が証明してくれた。

代償に、もともと乏しかった日常の記憶力は致命的なくらい失った。考える対象でないことは、特別な努力をしない限り何ひとつ覚えられなくなった。
そして夢は、蓄積した人の心が集う答え合わせの場と化した。たったひとり「夢の君」を除いては。それが僕の夢に、知りうる限り事実に即した知人しか出てこない理由だ。

もちろん実際はすんなり事が運んだわけではない。生きるか死ぬかさまざまな状況と戦ったり逃げたりしながら、文字通り死に物狂いで人を理解しようと試行錯誤し、何年間もの言葉では説明できないプロセスを経て、結果的にそうなった。

そうして、僕は生き延びた。
後天的かつ人工的な共感能力を、その支えとして。

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おかげで、皆が苦手だという人とも、うまく付き合うことが出来るようになった。
人を見る目があるなどと言われて、とある業界の重鎮に重宝がられたこともあった。

もっとも、これは突きつめた内観を外に向けているようなもので、その本質は紛う事なきエゴに他ならない。人の奥底を見透かそうとする視線を嫌う人もいたし、そういう物の見方そのものに憤慨する人もいた。傷つく人もいた。
どんな心理学書を読んでも、それは危険なものだと書いてあるだろう。

人の世界には踏み込まない。人の心を知ろうとしない。他人は他人。当人同士が良いならそれで良い。
それは至極正しい考え方だと思う。社会の大部分は無関心によって維持されているし、それがマナーであり、優しさだ。
しかし、それによって見過ごされた僕のような人間は、あのまま死ぬしかなかったのだろうか。
本人が選んだことなら、なんでも仕方がないのだろうか。
選ぶ余地がないことは?
自ら望んで誤った選択を続けてしまうことは?
そういう状況が出来上がるのは、本当に本人のせいなのか?

考え続ける僕に、色々な人が色々なことを聞かせてくれた。
いじめ、DV、性的虐待、毒親、パワハラ。
そして、その度にいつも同じ事を知った。

自尊感情を失い、自らを傷つけ続け、世間から狂人のように扱われてしまうようになった人ですら、最初はただ、明るく笑っていられる毎日を続けたいと願っただけだ。ただそれだけのことで、何もかもが壊れていくこともある。けれど、その事実は、その要因そのものと本人の心理的障壁によって日常から巧妙に隠されていて、表情や発言を頼りにしていても気付くことは出来ない。

何事もなくうまく動いているように見える世界の裏には、そうした孤立した小さな異世界がたくさんある。家庭、教室、職場、どこであっても。その中では、外部からの疑問が呈されないままにたった数度同じ事が繰り返されるだけで、異常が日常に変わっていく。
抗いがたい状況の中では、人の中にある日常を取り戻そうとする力が誤った方向に働き、自分に起きていることは異常でもなんでもない当たり前のことだと自ら信じ込ませるようになる。

「自分は何もされていない」
「ここには何の異常もない」
そう思い込むためなら、人はなんでもする。

怯えた心を隠して形振り構わず自分に言い訳し、こんなことは別に普通、むしろおかしいのは自分の方、自分の面倒を見てくれているのはあの人だと笑顔を見せ、礼を言い、媚を売りすらした当時の僕のように。

自分が弱っている時、常に相手は正しく、自分の全ては間違っている。
自分が強くある時、相手は哀れで取るに足らず、わざわざ離れる必要はないように思える。
それを繰り返して、より強く円環に入り込んでいく。
恒常性バイアスによって形作られる世界の拘束力は強い。
タイミングを逃せば、抜け出せなくなる。
抜け出ようという選択肢が存在しなくなる。

この世で最も恐ろしいのは、選択肢を奪われることだと僕は思う。
でも、最終的に手を下しているのは、悪意を持った他人とは限らない。現実はそう簡単ではないのだ。
自分で自分を説得してしまうような心理的状況下では、自らの選択こそがその選択肢を奪うことがある。誰もが何より尊重すべきだと言う「本人の意思」。それを尊重することで、永遠に救われない人もいる。

これらは本当にどうしようもないことなのだろうか。

それを「仕方ない」と片付けることを、僕はどうしても自分に許したくなかった。
それを許すなら、僕自身がとうに存在し得なかったからだ。
だから、ずっと考え、可能な限り行動し続けてきた。
人の心を自分の中に取り込みながら、あらゆる人の目で世界を見ようとしてきた。

それがどれほど愚かで無駄なことだと、わかっていても。

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いろいろな心の断片を自分の中にしまいこむうち、僕はだんだんそれを愛おしく思うようになった。

矛盾を抱え、迷いながらも懸命に生きる心は、いびつで、だからこそ美しい。吐き捨てるような言葉ですら、それを受けとめるのが自分であることがどこか嬉しくて、大事な宝物を見せてもらったような気持ちになった。
誰だって、目の前の現実を精一杯生きている。迷いながら生きることにこそ、人生の価値はある。

僕はただ、その精神が誰にも拘束されないものであることを願ってきた。
人の迷いを、利己的な目的で使おうとする人間もいるからだ。

自分の中心に自分しかおらず、釣りや狩りのような方法論を人に向け、弱みのある人に餌を撒き散らし、己の欲望に向かって動かすことで空虚な虚栄心を充たす、そういう心も、この世界には存在する。
人の尊厳を守るための嘘と、人を操るための嘘は、根本から違う。
僕は清廉潔白な人間ではない。卑しい心には、僕の卑しさが共感するからすぐにわかる。

わかっていても、ずっと見ないようにしてきたそういうものに、その裏にある目的のあまりのくだらなさに、僕はだんだん目を向けずにはいられなくなった。

どんな皮を被っていようと、観察は全てを等しく照らす。
楽しげな物を並べ立てて無遠慮に人を引きずり込み、秘密を共有させて逃げ道を塞ぎ、気遣いのように見えるものをマッチポンプで用意し、恩を売ったり不機嫌に見せたり、押したり引いたりしてあわよくば許される範囲を広げていく。
都合の良い情報だけを与えて誘導し、必要もない事をさも当然のように告げ、最後の判断だけを本人にさせて自ら望んだように思わせる。
人を人と思うことを知らない人間にとって、これらは人生を楽しむちょっとした方法論でしかない。
思い通りに事が運んだ時、人の心を所有したような錯覚を得た時、彼らは「成功した」と感じるのだ。
それがどれだけ他人の人生を奪っているかなど考えることもなく。
抗えず笑顔を振りまく人が、その浸食を食い止めるためにどれだけ消耗してきたかに気付くこともなく。
心に反してそれを受け入れるたび、後でどれほど苦しむのかを知ることもなく。

そういうことを、誰にも知られず上手くやっていると思い込んでいる、その浅はかさ、愚かしさに、心底腹が立った。

お前のような人間さえいなければ、と。

これまでの人生にもそういう局面はあった。でも、いつも決意し行動する前に事態は悪い形で決着してきた。僅かな証拠を積み上げ、事態を見極めるには時間がかかる。ほんの少しのタイミングで、いつも手が届かなかった。「あと一週間早く、その言葉を聞けていたら」と言われたこともあった。今度こそはという想いが、自分の中に積み上がっていた。きっとそれが良くなかったんだろう。

僕は初めて人に拳を振り上げ、その結果、人生の岐路を救ってくれた大切な友人に酷く辛い思いをさせ、失った。

いや、現実には、振り上げた拳を最後まで振り切ることすら出来なかった。
何もかもを知ると同時に、何もかも知られたくないという想いまで受け取ってしまっていた自分に、本当は出来ることなど何もなかった。
本気で拳を振り下ろせば、一番壊してはいけないものが壊れる。
何もかもを知っているというだけで何を知っているのかは誰にも何も話せないという状況下で、それでも当事者であるお前にはわかるだろうと問いかけたけれど、それすら上手くはいかなかった。
感情が先行し、踏むことの出来ない足場ばかり固めて、下ろすことの出来ない拳を振り上げて喚いている自分が滑稽だった。
大事な人の行く末が懸かっているのに、提示できるはずの選択肢を自らの行動で失っていた。
理屈屋が冷静さを欠いてはおしまいなんだ。
そう痛感した。

失態はあらゆる形で利用され、開きたかった扉は恐らく考え得る最悪の形で閉ざされた。
誤解されても、捻じ曲げられても、それを正す気力すら残っていなかった。

本当の事を言えば、それでも世界が何も変わらなかったわけではない。
しかし、そのために傷ついたものがあまりにも大きすぎた。
多くを犠牲にしてまで状況を起こしながら、場をコントロールできない人間など死んだ方がいい。
向こう側にいたら、きっと自分でもそう思う。

人の人生に触れようとする限り、大切なのは過程じゃない、結果なのだから。

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だからもう、自分の力でなんとかしようとするのは、お終いにすることにした。
自分にできるのは、気付くところまで。この力は共感するためのもの。秘密を背負って結果を出す器は、僕には無かった。

ずっと必死になって無益なことをしてきた
結果も出せないことに他人を巻き込んだ
悔しくて悔しくて、どれほど正当化しようとしても、それを正面から認める他に道はなかった。
記憶が確かである限り、自分に嘘は付けない。

けれど、やっぱり今回も僕はしぶとくて、消えてなくなりはしなかった。
この道を通ったことで、これからの自分にしか出来ない事があることに気付かされていた。

それは、あんなことの二度と起こらない場所を、自分の手で作ること。
そうならない為のスキルを、きちんと伝えていくこと。

僕は既に望まない世界でもがく、ひ弱な子供ではない。
見つめてきた人々の心が望んだ場所を、この手で作れる立場にいる。
そんなのは柄じゃない、そんなこと出来るわけがないと、ずっと思ってきた。けれど、それこそ真正面から取り組んでいれば、本来もう一つの選択肢になり得たことだ。だから、今からでもやると決めた。

どんな形の心を持っていても、どんな体を持っていても、頑張らずそのままで悪いことの起きない場所、大切にされるべき人がただ大切にされる場所が、この世界にはあるべきだ。一つは家庭の中に。そして、家庭の外にも。
そのために行動する。
それが自分らしくないなら、自分を変える。

自分に変えられるのは、自分だけ。
自分を変えられるのも、自分だけ。
ずっとそう信じてきた。

だから、世界を変えるために自分を変える。
もう一度、その時が来たのだと思う。

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自分の正体を明らかにするために、ここに敢えて駄文を残す。
願わくばいつの日か、これがより良き人生の岐路であったと思い起こすことが出来るよう。