人生を変えた少し不思議な本と本屋の話

先日、めずらしく都市伝説系のツイートが流れてきて、リンク先のサイトを見ていたらふと思い出した出来事。

まだスマホもなかった時代。一人暮らしの高校生だった僕は、金はないけど時間だけは豊富に持ち合わせていて、夕方の街をあてもなく散歩するのが好きだった。

その日は確か、当時住んでいたボロアパートから二つ隣の駅方面に向かってなんとなく歩いていたのだと思う。ちょっと小腹が空いていて、散歩ついでにお弁当かパンか定食屋でもないかなと思いながらのんびり街を眺めていた。

しばらく歩くと、日が落ちて辺りが暗くなってきた。黄昏の色、どこかの家の夕飯の匂い。そんなものを感じながら知らない細道を歩いていると、ついに真っ暗になって、頼れる明かりは道端の街灯だけになった。

気がつくと、僕はどこか少し高台になった住宅街の端にいた。どこをどう歩いたのか、周りには誰もいなかった。歩道のない細めの車道の左側にフェンスがあり、その下、少し低いところに線路が見えた。道は左にカーブして、緩やかに下っているようだった。

それは全く知らない場所だったけど、別に不安には思わなかった。線路があるということは、歩いていればいつかどこかの駅に着くということ。Googleマップの発明以前、そんな感覚で街を歩いていたのはきっと僕だけじゃないだろう。

しかしこれでは店なんて無さそうだ。暗くなったし、腹へったな。どうしようか。

そう思った時、カーブの先にやけに明るい光の溢れる場所が見えた。

遠目に見ても飲食店のようには見えなかったが、あてもなく歩く人間にとっては目を惹くものこそが目的地になる。

よし、とりあえずあそこまで行ってみよう。

そう思って街灯沿いにまた5分くらい歩き、目の前まで来てみると、それは一軒の古書店だった。

人通りも車通りもない線路脇の道。こんなところに古本屋?と少し訝しんだけれど、洩れ出る明かりに誘われるように、中に入ってみたくなった。

ドアの無い入り口をくぐると店内は狭く、自分の呼吸が聞こえるほど静まりかえっていた。背の高い重厚な本棚がいくつもあり、そこには一目で古いとわかる本がぎっしりと詰まっている。古書店特有の饐えた匂いがして、落ち着くような緊張するような、不思議な気持ちになった。

知らない本屋は、冒険を感じさせる場所だ。

昔、ネバーエンディングストーリーという映画があった。原作はミヒャエル・エンデの『はてしない物語』。とあるいじめられっ子の少年が、自分をいじめる同級生たちから身を隠すため、古い本屋に転がり込んで不思議な古書と出会い、それを読むところから冒険が始まる、そういう話だった。

まあ正直に言うと、その時の僕はそれとはちょっと違う冒険心を持って行動したのだが、その詳細は割愛する。家から遠くの知らない本屋であわよくば良からぬコーナーを物色してみたいという男子高校生の稚拙な試みは、店の奥にいた怖そうな店主の一睨みで敢えなく中止せざるを得なくなった。

しかしここで困ってしまった。このまま帰ったら単にエロ本を物色しに来た奴だと思われてしまう。それはマズい。

何がマズいのかわからないが、決してそういうものだけを読んでいるわけではないことを証明しなければならないような気がした。初めて買ってもらった小説はジュール・ヴェルヌだったし、星新一も中原中也も読むんです、と言いたかった。

何か、何か買わなければ。

そして僕は、目の前の棚から導かれるように一冊の本を手に取った。

それは新書ぐらいの大きさで、カバーは付いておらず、濃紺無地の表紙に銀インクで『リングワールド』と書かれた、如何にも真面目そうな本だった。

中を見て、おおっと思った。古い活字で上下二段組になっており、それがその本の古さを物語っていたからだ。自分の本棚にはない、古書らしい古書に見えた。

パラパラと何ページかめくってみて、また驚いた。古い本だと思っていたのに、そこには獣への話し手スピーカートゥアニマルズだの細胞賦活剤ブースタースパイスだの停滞ステイシスフィールドだのという、凡そ似つかわしくないフリガナ付きの単語がたくさん並んでいたのだ。

そのなんともいえないギャップが、僕の少年心をくすぐった。

知らない道の知らない本屋で出会った不思議な本。もしかしたら、僕の物語はここから始まるのかもしれない。そんな予感がして、その本を持って店主のところに向かった。

無口な店主は本を受け取ると、眼鏡の奥から僕を一瞥して、本を袋に入れてくれた。これから冒険が始まる。そう思うと厳めしい店主の顔もグッとそれらしく見えた。

そして、さっそく次の日から学校の行き帰りに読み始めた。

それはラリィ・ニーヴンという作家の本で、宇宙のとある場所にとんでもなく大きい人工物が見つかり、地球人の主人公が異星人たちと一緒にその謎を解きに行く物語だった。

その舞台になっているのは、環状世界リングワールド

地球が太陽の周りを巡る公転軌道にリボンのような構造物を作り、その内側(太陽がある側)に土を敷き空気を入れてコロニーに仕立てたような代物だ。それは地球の300万倍の面積を持つという。

こうして書くとまさに「言うは易し」だが、そのスケールは文字通り想像を絶していた。

例えば機動戦士ガンダムなどで描かれる一般的なスペースコロニーの内周が約20km*1なのに対して、この小説が描いている環状世界リングワールドは、一周が9700万km。ざっと500万倍。円筒の長さ(リングの幅)で比較すると、30kmと160万kmで5.3万倍以上ある。その面積は155兆2千億km²。

これを読んでくださっている諸兄姉は、そこに立った時に見える景色を想像できるだろうか。

僕にはできなかった。

地表があるのはリングの内側だから、目の前の近景と太陽の向こうまで続く超遠景はどこまでも連続的に繋がっていて、その地平を見つめていると人は催眠状態に陥り思考力を失ってしまうのだそうだ。遠目ファー・ルック或いは高所催眠プラトー・トランスと呼ばれる現象と同じだ、と主人公は言う。確かにありそうなことだが、見ているだけで意識を無くしてしまうようなその風景を、当時の僕は想像することができなかった。

そんな世界に本当に自分がいたら、何が見えるのだろう。

気がつくと、僕はそうした架空の物事を頭の中で再現しようとする試みにすっかり熱中していた。

それがハードSFと呼ばれるジャンルに属する読み物であることを知ったのは後のことだ。

あまりにも面白かったので友人にも勧めて一緒に続編を探し回り、その後、ハヤカワSF文庫や創元SF文庫を全て読み尽くす勢いで同ジャンルの小説を読み漁ったのだった。

今になってみると、あの頃、いろいろ辛いことがあっても目の前の出来事に囚われずに済んだのは、そうした物語のおかげだったのかもしれない。

SFとは『すこし・ふしぎ』の略であると語った藤子・F・不二雄の見解に僕も異論はない。その中でもハードSFは、思考実験が描き出す物語だ。現実世界のさまざまな学説、仮説、或いはちょっとした想像を基に、それが本当であったらどんな事が起き得るか、行き着く先はどうなるか、バカバカしいスケールで考え尽くされた先に不思議な物語が紡がれる。

例えば、アイザック・アシモフの『神々自身』では、平行宇宙と物質をやり取りすることで、一種の永久機関が生まれる可能性が示されている。

でも、僕が気に入ったのはそこだけじゃなかった。

この物語では、親性子、知性子、感性子という3つの性を持つ軟体生物が、ジェンダー問題(感性子なのに知性子のようにふるまうこと、岩に体をこすりつける性的な遊びがやめられないことなど)に悩みつつ、自分と向き合いながら、理解者を得て愛ある関係を築く様子が描かれている。

僕は当時、性に関するそうした視点を斬新に感じ、少なからず影響を受けた。

神々自身 (ハヤカワ文庫SF)

神々自身 (ハヤカワ文庫SF)

 

スティーヴン・バクスターのジーリークロニクルでは、主人公は銀河の中心で数百億年かけた途方もない規模の工事を行う超種族と出会い、時空の不連続性を翼にした神秘的な宇宙船に乗り、宇宙の終わりに遭遇する。

時間的無限大 (ハヤカワ文庫SF)

時間的無限大 (ハヤカワ文庫SF)

 

ジェイムズ・P・ホーガンの『創世記機械』では、液体のメタンが海や川になるほど極寒の星で、ロボットたちが聖書と似た物語を繰り広げ、無機物が生物に、有機物が機械に見える彼らの目で美しい世界や奇跡を体感できる。

創世記機械 (創元SF文庫)

創世記機械 (創元SF文庫)

 

そしてロバート・A・ハインラインの『夏への扉』は、全ての猫好きに捧げられた物語だ。

夏への扉 (ハヤカワ文庫SF)

夏への扉 (ハヤカワ文庫SF)

  • 作者: ロバート・A.ハインライン,Robert A. Heinlein,福島正実
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2010/01/30
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こうした物語を読むことで、僕は概念の異なる世界には自分とは全く違う日常があることを知った。大きいものでも小さいものでも本当のスケールをイメージできるようになり、宇宙の広さを知り、その終わりを想像できるようになった。自分の目に映る思い込みを覆す術を学んだ。猫が生涯の友であること、努力を怠らなければ未来が過去に勝ることも確信した。

何より力になったのは、夜空を見上げればそこには常に宇宙の謎が横たわり、手のひらの中にはいつでも量子の神秘が存在していることを実感できたことだった。

物語は創作でも、そこに描かれた宇宙や量子は現実に存在している。極大と極小の間に自分が在るという感覚。それが僕の視野を広げ、常に勇気づけてくれた。

そのきっかけとなった『リングワールド』という本と、あの古書店──

大人になって自由が丘を再訪した時、どうしてもその古書店を見つけたくて線路沿いを探し回ったのだが、残念ながら、店はおろか記憶に合う地形を見つけることすらできなかった。

まるでネットで語られる『きさらぎ駅』のように、とても朧気で不確かな記憶。果たしてあれは思春期に見た夢だったのだろうかと、今でも時々思い出す。

ともあれ、その本は今もここにある。

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そして、あの日始まった冒険は今もなお続いているのだ。日々その形を変えながら。

未来は、いずれにしろ過去にまさる。誰がなんといおうと、世界は日に日に良くなりまさりつつあるのだ。

— 夏への扉 (1956年) ロバート・A・ハインライン

*1:スペースコロニーを提唱したジェラルド・オニール教授のシリンダー型コロニーは直径6.4km、長さ30kmと想定されている