パズーパンという甘美な食べ物

目玉焼きを頻繁に焼くようになったのは、妻と付きあい始めた頃。
朝が苦手で基本的に朝食を作らない僕も、たびたび泊まりにくるようになった彼女にちょっと格好をつけたくて、朝からフライパンを振るようになった。好きこそ物の上手なれとは言うけれど、僕の場合はたぶん好きな人のために物を作るのがいちばん上達する。最初はボコボコの堅焼きだった目玉焼きが徐々にスベスベの半熟になり、いつしかハムやベーコンなんかも加わった。

Twitterに料理写真を上げるようになって、パズーパンというものを作るようになった。パズーパンとは、要するに目玉焼きをトーストにのせたもの。考案者の少年に敬意を表して勝手にそう呼んでいるが、一般的にはラピュタパンと呼ばれることも多い。
トーストが食卓に上ると如何にも朝食という感じがする。でも皿が増えるのは面倒だな、と最初はそう思っただけだった。ところが、今やこれ抜きで休日の朝食は語れない。

f:id:kazhomely:20180331113058j:plain

f:id:kazhomely:20180331113108j:plain

パズーパンの魅力はいろいろある。
例えば、その食感。トロトロと溢れ出す黄身の食感とカリカリに焼けたトーストは、クリームスープとクルトンのように相性がいい。パンの味も卵の味も余すところなく味わえる。イギリスでは細切りしたトーストに目玉焼きの黄身を付けて食べるというけれど、皿とナイフとフォークというくびきを外せば、プリプリした白身を分けて食べる理由もないように思う。

f:id:kazhomely:20180331112812j:plain

制作工程に目を向ければ、パンをトーストする時間と半熟の目玉焼きが焼ける時間がほぼ同じというのも良い。2つの工程を同時に行えば、準備から5分あれば出来上がる。洗い物も少なくて済む。

そして、ビジュアルも良い。
上手に焼けた目玉焼きは艶やかで半透明、真っ白な皮膜に黄身が透けて薄桃色になる。さながら上気した貴婦人のような優美さ。でもパズーパンはそれをさらに上回る。
貴婦人の目玉焼きをトーストにのせて手に持ったら、少しだけ傾けてみて欲しい。秘められた半熟の黄身は重力に抗えず膨らみがフワッと偏るはずだ。

f:id:kazhomely:20180331112954j:plain

f:id:kazhomely:20180331113007j:plain

まるで…いや、これ以上は言うまい。でも、作ったことのある人ならきっとわかってくれるはず。そこには皿の上でじっと仰向けになっているだけの貞淑な目玉焼きからは決して得られないものが見え隠れする。美の一つ先、靡の領域が。
それに朝から心を翻弄されつつ、負けるものかと歯を立て、思い切り貪る。溢れ出る黄身を啜ったりもする。この甘美な背徳こそがパズーパンの本質と言っても過言ではない。

もちろん時には火加減を誤ってデコボコした固い目玉焼きができることもある。しかし、愛してしまえばあばたもえくぼ。これはこれで、なんとなく生活感があって良いのだ。

f:id:kazhomely:20180331113517j:plain

ジャムを塗ったり、トリュフ塩を振ったり、香味油を乗せたり、生野菜を合わせたり、バリエーションは無限大。
パズー少年が暮らしていた炭鉱の町はイギリスのウェールズ地方をモデルにしたという話を聞いて、ウェルシュ・ラビットに目玉焼きをのせてみたこともある。

f:id:kazhomely:20180331113424j:plain

f:id:kazhomely:20180331113126j:plain

f:id:kazhomely:20180331113358j:plain

f:id:kazhomely:20180331112927j:plain

f:id:kazhomely:20180331113233j:plain

f:id:kazhomely:20180331112918j:plain

f:id:kazhomely:20180331112823j:plain

f:id:kazhomely:20180331112834j:plain

f:id:kazhomely:20180331113325j:plain

f:id:kazhomely:20180331112904j:plain

f:id:kazhomely:20180331113457j:plain

f:id:kazhomely:20180331113413j:plain

f:id:kazhomely:20180331112844j:plain

f:id:kazhomely:20180331112855j:plain

f:id:kazhomely:20180331113253j:plain

f:id:kazhomely:20180331113308j:plain

f:id:kazhomely:20180331113506j:plain

あらためて写真を集めてみると、こんなに作っていたのかと我ながら驚いた。いろいろやっているがだいたいどれも美味い。というより、目玉焼きとトーストの組み合わせで美味しくないものを作る方が難しい。

  1. フライパンに油を少しひいて強火で十分に加熱。
  2. トースターにパンをin。2~3分にセット。
  3. フライパンに卵を落としたら、一気にトロ火に弱めて蓋をする。
  4. 黄身の表面に白い膜が出来たら焼き上がったトーストにのせて出来上がり。

完全に自己流だけど、だいたいこれで上手くいく。

ちなみに本来のパズーパンは、厚切りの食パン1枚につき目玉焼き半分というのが正式である。この記事を書いていて、そういえばオリジナルのパズーパンを作っていないことに気がついたので、これも作ってみた。

f:id:kazhomely:20180331113348j:plain

目玉焼きを半分に切るためには少し固めの仕上がりにしなくてはならないが、そうすることで下面がよりカリッと仕上がり、映画のシーン通り、目玉焼きがパンと一緒にはかみ切れなくなる。
これぞパズーパン・ジ・オリジン。

たった1つしかない卵で目玉焼きを作り、何の躊躇もなく使いこなれたナイフで2つに切り、行き場のない少女に半分を贈る。前に「食事」について少し書いた事があるが、あの食事シーンは本当に素敵だった。パズーパンとは、貧しくとも自立して生きる少年の強くて優しい生き様が凝縮したような食べ物だ。

僕はきっとこれからも作り続けると思う。

いつかパズーパンだけの写真展を開く、なんて出来たらいいな。