失敗続きのマーマレードづくりから見えたこと

前回、レモンマーマレードづくりを派手に失敗した話を書きました。

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いろいろと考えた結果、いつもより多めにつくるのに苦みを怖れてペクチン液を弱めにしてしまったことが原因と結論付けました。なので、もう一度初心に返って、最初から丁寧にやり直したわけです。

以下、その記録。

まず、フォロワーさんにいただいた「先に皮を剥いておく」という時短アイデアを実践。両端を落として、上下1周ずつ樽形に皮を剥く。f:id:kazhomely:20180319110738j:plain

一気にワタを取る。1枚の皮が長いので、これがとても楽。f:id:kazhomely:20180319110747j:plain

檸檬10個で1時間。かなりの時短。f:id:kazhomely:20180319110806j:plain

刻む労力はあまり変わらないけど、前工程が早く済んでいる分、集中力が残っているので効率的に終わった。f:id:kazhomely:20180319110819j:plain

いつも通り3回茹でこぼしてジャム用ピール完成。f:id:kazhomely:20180319110832j:plain

肝心なのはここから。今回のテーマは苦みを怖れずしっかりペクチン液をつくること。なので茹でこぼす際も余計な沸騰時間をつくらないよう気をつけた。f:id:kazhomely:20180319110841j:plain

さらに、ペクチンが弱かった時のために皮や中ワタを少し残しておいた。万全。f:id:kazhomely:20180319110851j:plain

リベンジペクチン。f:id:kazhomely:20180319110900j:plain

材料の合計が1,602g、よって砂糖は961g。f:id:kazhomely:20180319110909j:plain

丁寧に煮る。f:id:kazhomely:20180319110919j:plain

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消毒、脱気。f:id:kazhomely:20180319110948j:plain

で、冷蔵庫へ。f:id:kazhomely:20180319110958j:plain

今回はかなりヌルヌルが強かったので、これで大丈夫!と思って安心して寝たわけです。ところがですよ。

なんと、全然固まってない。DQ11の主人公の髪のようにサラサラ。

これには参りました。レモンマーマレードは僕の数少ない自慢とも言えるものだっただけに、さすがに2回連続で失敗するとは思っていなかった。しかもペクチンもかなり苦めの濃いのを取ったのに。

全てのジャム瓶を開けて鍋に戻し、じっと考えました。

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加熱時間は沸騰後の時間で量っているので材料の量には関わらないはず。
ペクチンの濃さも十分だった。
それでも固まらないのは何故だ。 

そして、あることに気がつきました。

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沸騰して鍋から出る蒸気。

材料が増えれば水分量がそれだけ増える。それに対して鍋の直径は変わらない、コンロの与える熱量も変わらない。つまり、加熱時間あたりの気化量は変わらない‥‥?
ということは当然、結果的に全体に対する仕上がりの水分比が変わってしまう。それが固まらなかった真の原因なのではないかと。

でも加熱時間を変えれば全体の風味も大きく変わってしまうわけで、つまり、同じ鍋、同じコンロを使っている限り材料の量を変えて同じジャムを作るのは実質的に不可能だということになる。

ツイートした時点では鍋の口径が気化量に影響しているのでは、と思っていましたが、沸騰した水の気化量に影響するのは熱量で表面積は関わりません。

ただ、コンロの火の熱がどれだけ伝わるかという点に於いては、鍋の口径が影響するはずです。どなたか詳しい方がいたらコメントください。

なるほど、つまり、2倍の量のマーマレードを作りたかったら少なくとも最後に煮る時は2回に分けないといけなかったということか。
え‥‥じゃあ、他の料理は?

そこに考えが至った時、背筋がゾクッとしました。

そう、例えば、得意料理だと思っていたのにお客様が来ていつもより多めに作ったらあまり美味しくない気がしたり、4人前で表記されていることが多い世間のレシピを半量で作ったらなんだかしっくりこなかったり。
これまで、気のせい、或いは慣れない量を作ることで手際が悪かったのだと思い込んでいた全ての変化は、加熱と水分の問題だったということかもしれません。
自然のペクチンで作るマーマレードは、そこの許容範囲が極端に狭いので現象として露呈したのでしょう。

実に当たり前のことなのに、ずっと深く考えずにいたことが途端に恥ずかしくなりました。だからカレールウの箱に書いてある材料も、ルー1/2でも水は半量でないのですね。
でも、材料の量を変えたら加熱時間と水分量を同じにすることは不可能。全量を一気に作る時と、半量を作る時では原理的に仕上がりは別物。

つまり、レシピの分量は絶対に変えちゃいけません

それが今回の知見。

レモンマーマレードをつくったら失敗したけど新境地が開けた

レモンを使ってマーマレードを作ろうと考えたのは7年前。
住んでいた下町の家のすぐ近所に果物屋さんがあって、そこで国産のレモンを安く売っていたのがきっかけでした。
当時、都内では国産レモンの流通量がまだ少なくもの珍しかったし、安くて美味しそうだったので何かに使ってみたいと思い、考えついたのがマーマレード。

簡単に書くと、レモンマーマレード作りは概ね次のように進行します。*1

  1. レモンを外皮、実と果汁、それ以外の3つに分解
  2. 細切りした外皮を茹でこぼして苦みを抜き、茹でてジャム用ピールを作る
  3. ワタや薄皮を茹でこぼして苦みを抜き、煮出してペクチン液を作る
  4. ペクチン液と砂糖、レモンピールと実と果汁を煮てジャムにする
  5. 消毒済の瓶に詰めて脱気する

1日がかりで大変なのですが、物珍しさのせいか評判がよく自分でも美味しかったので、それ以来、家に特別なお客様を迎える時のお土産としてたまに作るようになりました。

前回作ったのが昨年の7/24だから約半年ぶり。今回はTwitterでお世話になった方へのお礼として贈ろうとしたのだけれど、はてさて。

以下はざっくりとした記録です。

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まずレモンの両端を切り落とし、6等分。f:id:kazhomely:20180210220627j:plain

実と果汁、外皮、種その他の3つに分けていきます。f:id:kazhomely:20180210220640j:plain

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全てのレモンが3つに分類されたら、外皮をさらに分解。ワタを丁寧に取り除く。f:id:kazhomely:20180210222149j:plain※この写真、撮影用に左手を引いていますが、実際はもちろんワタをしっかり押さえて刃を入れないと手を切ります。真似しないでね。

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この過程がわりと大変なのですが、Twitterで「先に薄く剥いておけば良いのでは」とご指摘いただきました。確かにそうかも。

ワタを全て取り終えたら、今度はそれを薄く刻む。f:id:kazhomely:20180210220719j:plain

レモンの皮は固くて舌にさわるので、0.3mmくらいにするのが理想。でも実際はそんなに集中力が続かない。f:id:kazhomely:20180210220728j:plainレモン10個分ともなるとだんだん握力がなくなるし、厚みを調整するために刃を押さえている左の人差し指がスレて痛くなってくる。

途中休憩も挟みながら、なんとか完了。f:id:kazhomely:20180210220738j:plain

鍋にひたひたの水を入れて、3度茹でこぼす。沸騰させてはお湯を捨て、また沸騰させては捨て、これを3回。f:id:kazhomely:20180210220756j:plain

苦みがほどよく抜けて、これでジャム用ピールの準備完了。f:id:kazhomely:20180210220806j:plain

お次はペクチン液。f:id:kazhomely:20180210220816j:plain

取り除いた両端、ワタ、種、薄皮を鍋に入れ、同じように3回茹でこぼす。f:id:kazhomely:20180210220844j:plain

最後に多めの水を入れて5分ほど煮て漉したら、ジャムを固めるペクチン液となる。f:id:kazhomely:20180210220854j:plain

実と果汁、ピール、ペクチン液+3つの重さの約60%の砂糖がマーマレードの原料。ここまでだいたい2、3時間。f:id:kazhomely:20180210220903j:plain

保存用のジャム瓶を蒸し器で消毒。f:id:kazhomely:20180210220834j:plain

琺瑯鍋にペクチン液と砂糖を入れてとろみが出るまで煮たら、実と果汁を加えて弱火でことこと。綺麗な色と酸味を残すためになるべく加熱は少なくしたい。f:id:kazhomely:20180210220942j:plainお玉で掬ってしばらく冷まし、指でつまんでヌルヌルしていたらだいたい大丈夫と云われていますが、今回はここでちょっと嫌な予感がしました。

ともあれ、煮上がったら熱いうちに瓶詰め。f:id:kazhomely:20180210220951j:plain

蓋を軽く締めた状態でまた20分蒸し器にかけて消毒。その後30分放置して脱気。そうしたら蓋をきつく閉めて流水で1時間冷やします。

ここの過程は今回写真を撮らなかったので、前回7月のツイートから。

悪い予感といったのは、今回この時点でのヌルヌルが弱かったから。 7年間で1度だけ、翌朝見たら全然固まっていなかった事があり、なんとなくその時が思い起こされました。

確かめるために、小分けにして冷凍庫に入れておいたものを恐る恐る傾けると‥‥。f:id:kazhomely:20180210221001j:plain完全に液体。少なくとも、常温以下になったら多少なりとも動きが緩慢になるようでなければ冷えても固まりません。いっぱい作ったのに‥‥。

そして翌朝。
試しに自宅用の小瓶を開けてみたら、案の定、固まってませんでした。f:id:kazhomely:20180210221020j:plain妻曰く、朝方寝惚けて「失敗しちゃったよ‥‥」と呟いていたらしいです。哀しい。

固まらなかった原因は単純で、ペクチン液が薄かったから。
実は今回、1度に10個もレモンを使ったのは初めてで、ワタや種が多すぎて苦くなることを懸念して薄めにしてしまったのです。

味見をしたら、砂糖の甘味がいつもより強かったので、あ、これはペクチン液の濃度が足りなかったんだなと分かりました。

プレゼント用のジャム瓶は早くリベンジに使いたいので、保存用に別の大きな瓶を買ってきて、全投入。f:id:kazhomely:20180210221040j:plainなんと900mlの大瓶なのに全然入りきらない。
余りが計500ml(200ml×1、300ml×1)あったので、計1.4l。オランジーナのペットボトルより多いぞ。

せっかくなのでじゃんじゃん使うことにしました。
いつもなら自分用に残すのは200mlたった1瓶で、あまり冒険は出来なかったから良い機会だな、と。

ビターチョコレートにかけて大好きなオランジェットのような味わいを楽しんだり。f:id:kazhomely:20180210221029j:plain

鶏肉を白ワイン蒸しにしてソースに使えば、酸味が活きた上品な仕上がりに。f:id:kazhomely:20180210221050j:plain

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帆立とホンビノスで出汁を取った貝塩ラーメンに加えるとこれまた美味い。f:id:kazhomely:20180210233912j:plain

自家製の叉焼を炙ってのせれば濃厚なつまみにもなり。f:id:kazhomely:20180210233922j:plain

チーズと組み合わせて生姜焼きに新しい次元が生まれたり毎日が楽しい。f:id:kazhomely:20180210221123j:plain

中でも一番気に入ったのは、ボンベイ・サファイアをウィルキンソンの炭酸で割り、マーマレードをたっぷり入れたもの。あまりにも美味しくて、30分足らずの間に3杯も飲んで電気もつけたまま寝てしまいました。f:id:kazhomely:20180210221110j:plain

ほぼ毎日使っていますが、なにしろ1.4lあるので、まだまだ一向に減る気配はありません。

今日も、遊びに来てくれた卵アレルギーの女の子に水切りヨーグルトのおやつを作りました。苦みが薄くなってしまったおかげで子供にも好評なので、かえって良かったかも、と思い始めています。f:id:kazhomely:20180210221135j:plain

何より嬉しかったのは、失敗したこと、挑戦したことでいろんな方がコメントをくださったこと。

励ましのコメントや、使い道のいろいろなアイデアなど、本当に嬉しかった。

完璧なものをつくるより、こういう時の方が交流が生まれるのかもしれないな、と思った冬の出来事でした。

野田琺瑯 キャセロール ポーチカ 20cm IH200V対応 PO-20W

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*1:これはたまたま最初に見つけたレシピを参考にしただけで、実際にはいろいろな作り方があるようです(茹でこぼすのではなく水にさらして苦みを抜いたり、ペクチン液は種だけ取り出して作ったりすると聞きました)

夢の君

僕の夢に出てくる知り合いは、どんなに荒唐無稽な夢の中であっても常にそれらしく振る舞います。

例えば、上司と知らない惑星に営業に行ったこともあるけれど、それでも上司は僕が知っている上司の通り、その場に適した異星ジョークを飛ばし、意気揚々と僕の半歩前を歩いていて、目覚めた後、なるほどあの人ならそうかもしれないと可笑しくなりました。

彼らは、僕がそれまでに見たあらゆる人の行動や言動の記憶の集積。言語野の外にある存在だから、相手を理解するための手がかりにもなります。意識下では気付いていなかった仕草が飛び出したりして、確かにそうか、そんな一面もあったのか、と気付かされることも多々。
逆に言えば、そうして自動的に振る舞える程度に情報の蓄積された相手しか、僕の夢には出てきません。

(なぜ僕の夢がそんな風になったのか理由はありますが、それはまたいずれ。愚にもつかない重い話なのです)

つまり、僕の夢は、知り合いの人間性についてとてもリアルではあるけれど、違う言い方をすれば登場人物のチョイスと行動に大きな制限があり、それは自分でも(たとえ明晰夢であっても)全く制御が出来ません。
そのため、例えば、密かに想いを寄せる誰かとせめて夢の中でいい仲になったり、ということは残念ながら一切起こらない。
密かに、ということはつまり現実ではつれない相手なわけで、そんな人は夢の中でもつれない反応しかしない。アタックなんてしようものなら、とても現実的な当たり障りのない避けられ方をして傷つくのがオチ。なんて夢のない夢。朝起きて「そんなことわかってるよ」と何度思った事か。

それはともかく、夢の登場人物がリアルな行動しか取らないと、自分の欲求や苦しみを解放するという夢の本分を実現できない上、単にお話の都合上としても困ったことになってしまうことがあります。

そういう場合、僕の夢では顔がぼんやりしてよくわからない人々がその役を担います。
彼らは決してのっぺらぼうではないけれど、顔立ちが曖昧で特定できる個性が一切ない。
誰でもないが故に何の制限もないので、ストーリーを繋ぎ調和させるために、役に見合った立ち振る舞いをしてくれます。ロールプレイングゲームにおけるNPC(村人A)のようなものです。
次の場面に繋げるための説明をしてくれたり、質問に答えてくれたり。

ものすごく極端なことを言えば、僕が唐突に「誰かを抱きしめてキスしたい!」とか愚にもつかないことを考えた時、そこにいてくれるのもNPCです。都合良く僕のことを好きになって、誘惑したりもしてくれます。
顔もはっきりしない相手にそんなことされて嬉しいのか、と思うかもしれませんが、案外嬉しいものです。そういうのはつまり、誰かに愛されたい!おーいおーい!だーれーかー!!という精神状態なわけですから、その「誰か」が応えてくれるだけで十分。
それに、この仕組みのおかげで僕は目が覚めてから誰かに罪悪感を感じることがなくて済みます。夢の中でうっかり知り合いとキスなんてしてしまって、唯でさえリアルな反応を返された挙げ句、翌日に本人と会ったりしたら相当気まずいですからね。心配性な僕の性格を熟知した、さすが自分!と言いたくなるほど、よく出来たシステムです。

さて、そんな僕の夢システムの中に、少し特異な存在がいました。

それがタイトルの「夢の君」。
初めて逢った翌朝に自分でそう名付けました。

僕は彼女が誰なのかを知りません。でも女性NPCとは違い、顔は見えている、知らない女性です。知らない女性なのに、夢の中では最初から知り合いでした。

彼女はいろいろな夢に唐突に現れます。例えば、夕暮れ時に中学の同級生とグラウンド脇の高台をくだらない話をしながら歩いている夢を見ていると、同じ学校の制服を着た女学生が視界の端に写り、僕があっと気がついて駆け寄る。声をかけると彼女が振り返る。と、そんな具合に。

彼女は夢の登場人物でありながら、その時見ている夢の内容とは関係がありません。服装や年齢など大枠は見ていた夢の設定を踏襲しつつ、会った瞬間にストーリーはどこかへ行ってしまいます。そうしたら夢はただの舞台になり、お互いに役を降りて素で接する。
あとはひたすら目が覚めるまで、前に会った時からどうしていたとか、最近こんな事があったよとか、夢の舞台装置の中でお互いに近況報告をしながら二人で過ごすのです。この前こんな夢を見た、なんて話をすることもありました。

彼女の出てくる夢に関連性は全くなく、予兆も予感もありません。なんとなくゾンビでも現れそうな不穏なシチュエーションでひと気のないバスからそっと降りようとした時、止まっているバス停の行列の一人がよく見たら彼女で、とか。彼女のにっこりとした笑顔を見たら、久しぶり、と言いあって、夢をほったらかしにして並んで歩く。

そうやって、僕は何度も何度も、彼女と話をしました。

まるで夢の一部を現実の誰かと時折共有しているような感覚。
とにかく彼女は安心できる存在で、初めて会った時からとても懐かしく、そして僕は彼女のことが好きでした。好きになったのではなく、最初から好きでした。もしかしたら、彼女もそう思ってくれていたかもしれません。
でも、夢の中でそういう話は一度もしませんでした。夢の仕組み上できないのではなく、そうする必要がなかったのです。幼馴染みなのか、兄妹なのか、僕らは最初から当然のようにこの関係で、ただ心が通い合っている感覚だけがどこまでも心地良い存在でした。

今になってあらためて考えてみると、なんとなく「君の名は。」みたいな話ですね。僕に初めて起きた時から20年近くも経ってああいう話が描かれ、多くの若い人が共感したということは、幼い子供が持つ「見えないお友達」のように、常に一定の人々に起こっていることだからかもしれません。

実は、僕の「夢の君」も、ある時期から夢に出てこなくなります。でもそれは、あの映画のようなドラマチックな理由ではなく、単にその必要がなくなったからだろうと解釈しています。そう思えるのは、夢の君の正体に心当たりがあるから。でも、その答えは少なくともまだ当分、僕の胸にしまっておくことにします。

ただ、今朝のようなことがあると、いつも思い出すのです。
僕の心を支えてくれた、あの人を。